【プロフェッショナル アニメーション映画監督・細田守】(4)希望を灯す、魂の映画

NHK総合の録画で「プロフェッショナル 仕事の流儀 アニメーション映画監督・細田守」を観ました。(2015年8月3日放送)

きのうのつづき

2014年8月。公開まで1年を切って、映画製作は佳境に入った。絵コンテを基に総勢200人以上のスタッフが実際に背景やキャラクターを描いていく。

前作に比べ、予算は1.5倍。描くべきカット数もこれまでと比べ物にならない。重圧の中で映画を完成に導けるのか、細田の真価が問われていた。

年が明け、徐々に映像が出来上がっていった。細田は画面の隅々にまで目を光らせて、修正を細かく求めていく。

制作の大詰め。土壇場で、細田は「ストーリーの変更をしたい」と言い出した。終盤の重要なシーンである。成長した九太が父親代わりに見守ってきた熊徹に別れを告げる場面。

当初、熊徹は何も答えないことになっていた。そこに台詞を入れたいという演出変更だ。「おう、見せてもらおうじゃねえか」と言って、笑う熊徹。

細田が言う。

九太と熊徹の絆の深さというか、信頼感みたいなものっていうかな。全部お互いに分かっている存在だっていう感じっていうのが、やっぱりうまく出るといいなと思うし。

スケジュールが遅れているにもかかわらず、変更したのには訳があった。

熊徹には細田自身の父への思いがこめられていた。鉄道会社に勤め、家庭を省みなかった父親。親子の関係は希薄だったという。その距離を埋められないまま、細田が30歳のときに父親は急病で亡くなった。細田は自らを九太に重ね合わせ、叶わなかった父親との関係を映画の中で結び直そうとしていた。

思い返すと、なんかもっと、あれこれ親父と話せば良かったなとか、気持ちがすれ違ってね、クソーって思ったりとか。そういうことをもっとやればよかったなっていうふうに、その後悔っていうのを何か埋めて、何らかで埋めなきゃと思ってんじゃないかなっていう。

公開4か月前。疲労はピークだ。取りつかれたように映画を作り続ける。土壇場で変更した、あのシーンをその目で確かめる。

4月になった。アフレコだ。実力派の俳優たちが細田の映画に命を吹き込む。いよいよ、あのシーンだ。九太は染谷将太。熊徹は役所広司。父への思いをこめた、あのやりとり。細田が演出意図を説明する。

「いがみ合っていた熊徹と九太が、熊徹なりの、九太なりの、それぞれの愛情を示すというようなところであります」。

熊徹の台詞に何かが足りない。「おう、見せてもらおうじゃねえか」。肯定的に。励ますように。背中を押す感じで。役所広司に説明する細田。今の自分を父が見たら何と言ってくれるだろうか。その思いを熊徹に託す。

人生は、捨てたもんじゃない。

細田が語る。

現実にはね、なかなかそんな都合よく励ましっていうのがやってこないわけじゃない。そういうリアリティというのは、よく分かるのよ。でも励ましやさ、何かこう、肯定的な言葉っていうのが必要なのは確実なわけで。絶対そういうものを糧にしてさ、自分を奮い立たせて、前を向いていくもんじゃない。映画の中でも、ささやかな一言がさ、誰かのちょっとした力になるかもわからんからさ。

役所広司の「おう、見せてもらおうじゃねえか」は、最高に人生の励ましの台詞になっていた。

「いーですね」。細田の思いが映画に刻まれた。

そう!人生は、捨てたもんじゃない。

細田監督、ありがとうございました。