【春談春】立川談春という噺家の凄さと優しさを観た(3)

紀伊國屋ホールで「春談春~お友達と共に~」を観ました。(2021・01・09)

四日目昼。ゲストは三遊亭萬橘師匠。「あいつはあんな顔して、実は落語に対して物凄く熱い男なんだ」「それを高座にお首にもださないところが凄いところ」と談春師匠が称賛していたのが嬉しかった。そうなんですよね、萬橘師匠は実に研究熱心で、落語を自分の納得のいくまで突き詰める成果はもっと評価されてもいいと僕も思う。

「そのくせ、楽屋では足袋を履いたり、脱いだり、3回も4回もして落ち着かない」。それが可愛いのだと言わんばかりの談春師匠のマクラに、襦袢姿の萬橘師匠が舞台に突っ込みを入れるべく上がるところが楽しい。萬橘師匠、マクラで「俺の方が友達いないし、お客さんもいない」と嘆くのも、どこまでが芝居で、どこまでが本音なのか、不明なのがまた師匠の魅力なのかもしれない。

「狸札」立川こはる

「巌流島」立川談春

「俺はもてるんだ」とドヤ顔した侍が煙管の雁首を落としてすぐに、屑屋が「くずーい」と近づき、吸い口買取りを申し出たときの、侍のキレた表情は談春師匠ならではのすごさ。ヤクザみたいだ。助けに入った田舎侍に知恵と機転で、本所名物置いてけぼり、スカッとする。

「紀州」三遊亭萬橘

自分がいかに情けないか、世の中いかに思うようにいかないか、ぼやくようなマクラから自然に地噺に入っていくテクニックの見事さ。家継の後継者選びに対する尾州公の空耳ストーリーの中にも、ちょいちょい自分の身近な体験談を挟んでいき、地噺にありがちな物足りなさが全くないのがすごい。それでいて、全く飽きさせない話術の巧みさ。この芸は寄席でも通用する高座だ。

「紺屋高尾」立川談春

I love youを二葉亭四迷は「あなたとならば死んでもいい」と訳したというお馴染みの導入から。久蔵が高尾と所帯を持つと言い出したとき、親方は「憧れと夢とは違う。夢は叶えるためにあるが、憧れは叶わない」と諭したのはもっともだと思う。手を伸ばして届く花と見上げるだけの花の違い。でも、真面目で一本気な久蔵にはわからない。「会いたいんです」の一本槍。

で、結果、15両を目標に3年働いて、18両2分貯めた。頑張った。それを周囲の人間はみんなわかっている。だから、吉原に行く久蔵をよってたかって「若旦那のなり」にこしらえてあげた。吉原が誠が誠として通じる世界ではないとわかっていても、どこかで皆が信じたかったのかもしれない。

久蔵が三浦屋の高尾に会えたのは、ただ「偶然空いていた」ということだけではない。同行した薮井竹庵先生が「太い客」だったことは大きい。そうでなければ、たとえ高尾がどこかのお大尽の予約がキャンセルになったとしても、おいそれと久蔵には廻ってこなかっただろう。だが、表面上は高尾の言葉で飾る。「いつも堅い客で気が詰まりんす。たまには若旦那のような人の相手がしたい」。

朴訥な人柄が気に入られた。男と女の情が通じ、夫婦の契りを交わし、一人前の男にしてくれた。「お裏はいつざますか」の高尾の問いに、久蔵はもう嘘が我慢できない。正直に青く染まった指先を見せ、真実を告白する。そして、「今度はもっと頑張って、2年で来る。もう一遍会ってください」と頭を下げる。もし、それが許されないなら、「広い江戸の空の下、いつかまた会える。会えると信じている。その時、花魁!と声をかけます。横を向かないで、『久はん、元気?』と言ってください。その一言だけで生きていけます」。

高尾は涙を見せまいと横を向いて言う。「主の正直に惚れんした。年季が明けたら、お前さんの女房はんにしてくんなますか」。吉原純愛物語だねえ。

四日目夜。ゲストは「怖い人」(談春談)橘家文蔵師匠。二人が二ツ目時代、深夜番組「平成名物TVヨタロー」で一緒だった。文吾時代だ。その後も、山藤章二先生を顧問に「落語奇兵隊」を結成したり、談志師匠の「落語のピン」にも出演していて、公開収録を観に行ったことがある。彼らの青春時代だ。

「真田小僧」立川こはる

「へっつい幽霊」立川談春

むこう傷の熊と二つ名が付く熊五郎の度胸の良さは幽霊も怖気づいてしまうということだろう。道具屋が3円で売ったあとに幽霊が出て1円50銭で引き取って散々儲けた曰く因縁のへっつい。悪い噂がつきまとうので「1円つけて誰かに引き取ってもらえないか」という話を熊はいち早く聞いて、引き取る度胸はまだ初心者クラスだ。

へっついの角をぶつけてしまい、中から幽霊の卵ならぬ300円の包みが転がり落ちたラッキーを、それぞれが吉原と博奕で一晩でスッカラカンにしてしまう豪快さ。で、若旦那の実家で用立てした300円を持って、昼間から「さあ、出て来い!」とへっついを前に幽霊が出てくるのを胡坐をかいて待ち受ける度胸ある熊の姿が目に見える。

ようやく出てきた幽霊(左官の長五郎)が、熊のあまりの威勢の良さに考え込んでしまうのも愉快。「金返せ~」と出てきた幽霊だが、熊に「誰のお陰で娑婆に出てこれたんだ。いくらか弾かせてもらうよ。誠意をみせろ」と言われ、最終的には立てん棒で、150円ずつとされてしまう熊の強引さもすごい。で、幽霊も熊も博奕好きということもあり、150円だと中途半端と「おっつけっこ」。博奕に負けた幽霊が目を回してしまうくらい、熊には引きの強さがあるんだなあ。

「千早ふる」橘家文蔵

オリジナルギャグ満載のいつもの愉しいブンゾウチハヤ。お決まりの「とは」は談春に任せた!で下がった。これを受けて、談春師匠は「厩火事」の冒頭で、「あなたがこんな人だ『とは』思わなかった」で見事クリア!

「厩火事」立川談春

この噺のメッセージは夫婦なんてお互い様、ということであろう。早出のために鮭茶漬けで朝食を済ませていた女房お崎に、起き出してきた亭主八五郎が「俺は芋が食べたい」と言ったことで大喧嘩。愛想もこそも尽き果てたと、仲人の兄貴分のところへお崎は駆け込む。鮭vs芋。これが喧嘩のタネ!

兄貴分も呆れていて、「別れろ」というのは当然。弟弟子(八五郎)はいい腕をしている職人なのに、髪結いのお前さんの稼ぎを当てにするようになった。これで別れれば、八五郎もちゃんと働いて稼ぐようになるだろうし、仲人の俺も安心で、三方丸く収まるという理屈、至極当たり前。その上、夕方から八五郎一人でお銚子1本、中トロ一人前で晩酌を始めちゃっているのは「人としてダメ」と、離婚を提案するが。

一転、お崎は亭主擁護に。あれは「仕事が夜遅くなるから、繋いでおいて」と言っておいたからだと。そうではなくて、お崎が知りたいのは「共白髪まで添い遂げてくれるか」、7歳年下の亭主の了見。あの人は若い娘にもてる。同い年格好は子どもっぽく見える、年上の悪ぶった男にコロッといっちゃうから、と。

兄貴分の言葉はもっともで、「了見を試すのは覚悟がいる」。で、唐土の幸四郎と麹町の猿の話。お前の亭主も大事にしている皿の欠片があるなら、それを粉々に割ってしまえ。必ずお前の身体を心配するはずだからという助言も的確。

兄貴分の最後の言葉も納得。「言っておくが、お前の亭主も八公でないと務まらない。割れ鍋に綴じ蓋だ」。実際、お崎が家に戻ると、亭主八五郎は怒鳴るが、極めて真っ当だ。「お前、なんで朝早く起きたの?早出じゃなかったの?しょうがないから、身体の具合が悪いことにして、お園さんに言って、番頭さんにお願いしてもらったよ」。「芋も煮ちゃったよ。なのに、お前はいつまでも帰ってこない。一緒に飯食おう」。こりゃあ、夫婦の釣り合いが取れてますなあ。