【春談春】立川談春という噺家の凄さと優しさを観た(2)

紀伊國屋ホールで「春談春~お友達と共に~」を観ました。(2021・01・08)

三日目昼。ゲストは柳家三三師匠。10年ほど前に、市馬、談春、三三で「三人集」と称して、この紀伊國屋ホールでもネタおろしをやった仲。もっと遡ると、三三師匠が真打なりたてのときに、「談春七夜」があり、開口一番に三三師匠を抜擢したのは2006年。二人で「乳房榎」のリレーをやったりしていた。

その後、談春師匠のアドバイスで「三三 三十三歳 三宅坂三夜」という三尽くしの連続独演会を開いたのを思い出す。歳は一回りほど違うが、談春師匠が早くから三三師匠の才能を見抜いていた。そして、今でも酒の飲めないスイーツ男子同士の間柄だから、なにかと落語のこと、芸のことについて相談している「お友達」なのだろう。

「子ほめ」立川こはる

「よかちょろ」立川談春

これぞ落語らしい落語かも。世の中はお金があると「遊ぶ」仕組みに出来ている。そこを仕事と遊びで区別できればいいのだけれど、若旦那はそれができない。親父もそこを治せれば後継ぎとして見込みを持てるのだが。遣いに出て、取引先から預かった300円を使いこんでしまった若旦那。筋道通った使い方をしていれば、と親父は説明を求めるが。髭剃りに5円。これだって、法外だが、まあ許そう。その次の「よかちょろに45円と願いましょう」というのが理解できない。よかちょろは流行りもの、これを仕入れれば儲かる、商売は世間の流行りを知っておかなきゃいけないと、フラフラ説明する若旦那だが、実態がつかめない。ねえ、よかちょろって何?!(笑)。

「素人鰻」柳家三三

「士族の商法」だ。2012年に小満ん師匠で聴いて以来。無料で酒が飲めると出かける客目線の「鰻や」はよく掛かるけど、「素人鰻」は鰻をさばく料理人の金さんが主人公だ。迷惑を被るのは鰻屋主人なのは同じだが、金さんがなぜ料理屋「神田川」をしくじったのかがよくわかる。酒は人間をダメにしてしまう。折角、3年の禁酒を金さんは誓ったのに、なぜ開業祝いで許し、翌日も少しならと許しちゃうかなあ。それも、金さんの方から飲みたいと言ってきたわけではないのに。惜しい!酒癖が悪い人に酒を勧めてはいけません、は野暮かもしれないけど。女将さんの言う通り「汁粉や」をやっていればよかったね。三三師匠の鰻とのヌルヌル格闘は大熱演で、拍手喝采。

「ねずみ」立川談春

甚五郎が川辺で膝を抱えてボロボロ涙をこぼして泣いている子どもを見つけ、声をかけるところから始まるのが印象的。で、「オイラの宿に泊まってくれないか」と言われる。卯之吉、12歳。達者な坊やだ。親孝行だ。「ねずみ屋」主人・卯兵衛が甚五郎に打ち明け話をすると、いくら金を積んでも気が乗らないと彫らない甚五郎が鼠を彫ると言い出す。宿帳を卯兵衛が記入し、名人甚五郎であることが判明してしまうと、「扱いが変わるのが嫌だった」とあくまで謙虚な甚五郎もいい。

「福鼠」が彫り上がり、ねずみ屋が繁盛するとともに、「虎屋は酷い」という噂も広まり、虎屋に泊まる客がゼロになってしまうという理屈も納得がいく。噂は怖い。あの狭いねずみ屋が建て増ししたとはいえ、客の収容力も追いつかないだろうから、ほかの宿屋にも流れたのだろうと考えるのが妥当だもの。

卯兵衛が3年後に甚五郎に手紙を書いて、再び甚五郎が二代目政五郎を連れて仙台を訪れたとき、いきなりねずみ屋に行かずに、卯之吉と橋の上でバッタリ会い、深い事情を訊くのも良い演出だ。実は虎屋を乗っ取ったと言われている丑蔵とお紺は、先代虎屋主人つまり卯兵衛が女将さんとともに元気だったころから、いい仲だったということ。一緒になりたいと言いそびれていたら、女将が亡くなり、お紺を後添えにしたため、丑蔵にとっては「女を取られた」という遺恨の気持ちがあったということ。これで、虎屋の新しい経営者はなまじ悪党ではないということを表しているのが気持ちよい。

虎の彫り物を彫った飯田丹下をあまり悪く言わない演出もいい。甚五郎と以前に鷹の彫り比べをして負けた因縁があること。だから、丑蔵と飯田の恨みが虎の彫り物の目に曇りをもたらせているという解釈だ。名人と上手の違いは「いかに思いを捨てて彫れるか」だというのに、合点がいった。

三日目夜。ゲストの三遊亭遊雀師匠が談春師匠への恩義を語っているのが印象に残った。毎月、内幸町ホールで独演会を遊雀師匠が開いていたころ、ゲストに談春師匠に来ていただくことになった。生憎、当日は大嵐。交通機関も止まっている。這う這うの体で遊雀師匠が会場に到着したら、すでに談春師匠が到着している。これじゃあ、お客さんも来ないだろうと、談春師匠が「新橋駅に、こはると二人で客引きに行こうか」と提案してくれたそうだ。必死に止めた遊雀師匠の姿が目に浮かぶ。

「寄合酒」立川こはる

「蜘蛛駕籠」立川談春

「アラ、熊さん!」のご機嫌な酔っ払いが良い。六郷の渡しで声をかけた辰公のかみさんのお鉄っちゃん。右の目の下に小豆粒ほどのホクロのある。それを繰り返す酔っ払いの愉しさ。それと、踊りながらやってくる男も面白い。アラサのコリャサ、駕籠屋、駕籠屋、こっち来て踊れ。お駕籠の周りを回れ。挙句に、乗りたいけれど金がない。こういう滑稽系も談春師匠、上手い。

「電話の遊び」三遊亭遊雀

珍品。僕はナマでは遊雀師匠でしか聴いたことがない。蔦野屋の小春姐さんがお気に入りの旦那。(いつもは、芸者の名前は“てこづる”にしているが、この日はこはるが開口一番だったので小春にしたみたい)小春の喉がお気に入りだから、遊びに行くのは我慢して、まだ上流階級でしか普及していなかった電話で遊ぶが、途中混線するのがミソ。♪春雨、♪せつほんかいな 鳴り物入り。そこに、「天ぷらそば、三つ!」とか入るの。半分はお囃子の師匠任せの高座じゃないか!と談春師匠が後で突っ込んでいたけど。楽しい。

「御神酒徳利」立川談春

そそっかしくて、忘れっぽい二番番頭の善六は運が良いこと続きのような気がするけど、実はその陰には…という噺に。まず女房がしっかりしている。占い師の娘で、巻物が出てきて「生涯で三度、ピタリと当てることがきる」とイケシャーシャーと亭主に言わせ、鴻池のお嬢様の病状も「死相」を見分けることで「寿命のあるなし」を神様のご利益もしくは祟りのせいにしてしまう度胸を亭主の背中をポンと叩いてしまう女房は強い。

神奈川宿の島津藩の侍の巾着の中身75両と密書の件も運が良かったと言えばそれまでだが、善六の優しい心根が実を結んだとも言えまいか。おむすびに草鞋に梯子と夜逃げ同然の支度をさせた善六だが、父親思いの女中おきんの告白によって助かる。おきんのことは一切触れずに問題を解決(?)し、褒美の30両のうち5両は「親孝行しなさい」とおきんに渡すところなど、普段の心がけが良いように思う。

そして、三つ目の運は自分で引き寄せたと言ってもよいのではないか。三七、21日の水垢離、絶食による願掛け。これに、神奈川宿のお稲荷様が修繕されて神様がご機嫌麗しいのも加わって、夢に現れ、観世音の仏像を掘り当て、鴻池のお嬢様平癒というのもめでたい。まさに、かかあ大明神。