【春風亭昇太 あのときの落語会】③Bネタ市@シアター711(2009年3月5日)

おとといから3回にわたって、2009年の春風亭昇太の落語会をプレイバックし、その魅力をお伝えてしてきました。きょうは最終回、3月5日に開催された「Bネタ市」@下北沢・シアター711の公演からです。以下、当時の日記から。

昇太師匠は自分の持ちネタをA、B、Cとランク付けしているのだそうだ。その基準は、地方のホール落語会で受けるかどうか。Aはどこに行っても大丈夫というもので、「宴会の花道」とか「壺算」とか「権助魚」などがそう。さらに、その上に特Aというのがあって、「ストレスの海」と「時そば」は「俺の生活を支えていると言っても過言ではない」。で、Bはランキング11位以下のものだそうで、大きな会では時々演ることはあるが、出番は少ない。今回の「Bネタ市」はそんなBランクの演目を並べて演ろう!というもので、いかにも収容人員50人ほどの小屋で演るに相応しい会だった。

で、発見したのは、普段師匠の独演会に行っている僕みたいな落語ファンにとっては、Bネタの方がむしろ興味深いということ。最後に演った「お見立て」なんて、絶対Aだよーと思ったのだけれど。(実際、師匠もAとBの中間、A´だとは言ってましたけど)。ちなみに、「愛犬チャッピー」はCネタだそうだ。「田舎ではまるで役に立たない」と言っていた。いかにも昇太師匠らしい分類で、可笑しい。

春風亭昇太「短命」
来る婿さん、来る婿さん、みんな死んじゃう。「どうしてなんでしょう?ご隠居」と熊さん。相手のお嬢さんの器量は?の問いに、「キレーイ!!!」と物凄い気持ちを込めて表現するところが師匠らしくて好きだ。「それは何だな。過ぎるんだな」と言う隠居に、「食べ過ぎる!寝過ぎる!」と僅かに、かするところが可笑しい。「新婚は夜することを昼もする」に、「ベーゴマ!」と無邪気に答える熊さんも楽しい。「ご飯をよそう。渡す手と受け取る手。手と手が触れる。周りを見ると誰もいない。前を見ると、奮いつきたくなるようないい女。なぁ、短命だろ?」と説明する隠居に、一度は「爪から毒が入る!」とボケる熊さんだが、ここのところは、意外とあっさりと「なるほど、飯を食っている場合じゃない!」と合点するのは、自宅に帰ってからの女房とのバトルに力点を置くためか。

「飯の支度をしておいたよ」と言う女房に、「お前の気持ちはよくわかった」と熊さん。「ほら、よそってくれよ」と言うと、「どこで、そんな言葉覚えてきたんだい!」。女房は茶碗ごとお櫃からご飯を掬い取る。杓文字を使え!と言われ、思い切り茶碗山盛りにご飯をよそって、箸を差し、「仏様じゃない!」。もっとホワッと!と言われると、今度はよそった茶碗を投げる。手で渡してくれ!という亭主の要求にわざとじらして意地悪する女房が可笑しい。で、前を見た熊さん、「俺は長生きだ」でサゲ。女房とのバトルに、もう少し狂気を盛り込むとAネタになるのかな、と思った高座だった。

春風亭昇太「悋気の独楽」
Aネタグループに似たような噺である「権助魚」がいるために、Bネタに甘んじてしまっている演目。師匠の描く小僧の定吉が可愛いのが印象的だ。旦那の後をつけて妾の居場所を突き止めてくれと、おかみさんに頼まれた定吉。お小遣いをもらえると聞いて、「定吉はおかみさんのものです。好きにして!」。で、旦那の後をつける定吉は調子に乗って、「バーカ!スケベバーカ!」と叫んでしまい、簡単に旦那に見つかってしまう。「先に歩いたら、お妾さんの場所がわからない」と簡単に口を割ってしまうのも、軽薄小僧・定吉らしくていい。そして、何とも笑ってしまうのは、「帰りなさい!」と追い払う旦那の腹にしがみつき、首っ玉に食いつく定吉のしつこさの描写。もう、子どもっぽさ全開という感じで、必死に食らいつく定吉が可愛く思えてくる。

で、妾宅到着。「旦那~、お待ちしていましたぁ。ニャオ~」と出迎える妾に、定吉は「こんな綺麗な人ならしょうがないなぁ」。お小遣いをもらうと「私は旦那のために働いているのでございます。定吉の身体を好きにして!」と簡単に寝返ってしまうところも、軽薄小僧の面目躍如だ。さらに、辻占の独楽を貰い、「これもくれたら、しゃべりません!」。なのに、お店に帰ると、おかみさんの女中の清を後につけさせたという嘘にまんまとひっかかり、すっかり喋っちゃうのも定吉らしい。

「旦那はお戻りになるのかい?お泊りになるのかい?」と聞かれ、「いいものがあるんですよ~」。それぞれの独楽を回しながら言う定吉の独り言が可笑しい。「お妾さん、先ほどは有難うございました。またチョクチョク寄らしてもらいますよー」「おかみさん、いい加減にしてください。他の小僧はもう寝てますよ。お小遣いの約束は守ってくださいねー」「旦那、ばれちゃいましたよ。いい加減に帰ってきてくださいよー」。思い切り妾の独楽を遠くに離しても、おかみさんの独楽を押しのけて、旦那の独楽にくっついちゃう。「肝心の心棒が狂っています」でサゲ。無邪気で可愛い、軽薄小僧・定吉が楽しい高座だった。

春風亭昇太「伊予吉幽霊」
「六人の会」の新作落語コンクールの優秀作品で、正蔵師匠が演じた噺だそうだ。しっとりとした人情噺系の新作だけど、あまり昇太師匠のニンには合っていないような気がした。「吉っあん!」と呼ぶ声に気づいた吉公。見ると、友達の伊予吉がいる。だけど、足がない。「ようやく舟の仕事も慣れてきたのに、舟がひっくり返って、沈んだ」と伊予吉。だけど、母親のことが気になって成仏できないのだと言う。伊予吉は遊び呆けてばかりいる町内の鼻つまみものだった。女手ひとつで育ててくれた母親が、舟の仕事を見つけてきてくれて、これで親孝行ができると思った矢先の事故だったのだ。

色々と迷惑をかけた母親に申し訳ないので、「俺は舟に乗っていなかった。陸へ上がって、他の仕事を探している」と伝えたいのだが、幽霊は夜しか出られない。しかも、母親は夜は行灯を灯して、念仏を唱えているから、伊予吉は母親のところに行けないのだ、と吉公に打ち明ける。そして、「行灯を消して、念仏を唱えないように、おっかさんに伝えてくれ」と頼む。

吉公は、その旨を伝えに、伊予吉の母親の家を訪ねると、母親は「嫌な夢を見た。伊予吉が海に放り出されて、『冷たいよ』『助けておくれよ』と叫んでいるんだ」と言う。「心配いらないぜ。伊予吉は大丈夫だ。だけど、伊予吉は昼間は出てこられない事情があるんだ。夜も行灯を消して、念仏も唱えないで待っていれば、会えるよ」と言う吉公に、「え?どうして伊予吉は泥棒になるんだい?」と不思議がる母親。しかし、その晩は言われた通りにして、伊予吉を待った。

伊予吉は吉公に「一緒に行ってくれ」と頼む。足がないのを誤魔化すために、吉公の後ろに隠れるのだという。そして、母親との再会。「安心してくれよ。今は鼠小僧次郎吉の子分としてやっているんだ。手伝いが終ったら、次の仕事を見つけるから。俺はもう行かなきゃいけない。達者で暮らしてくれよ」「今度はいつ戻ってきてくれるんだい?」「お盆には」「これは餞別だよ。しっかりやるんだよ」「じゃぁ、行くぜ」。

伊予吉は母親の元を去っていった。「行っちゃったね。でもね、何だって幽霊になって戻ってきたのかね?」と母親が吉公に問う。言葉に詰まる吉公。「ざんばら髪で、火の玉三つもつけていたよ。わかるよ!」「騙されてやっていたのか」「餞別は三途の川の舟賃だよ」。そして、ぽつりと言う。「舟が沈んじゃえばいいのに・・・そうしたら、あの子、戻ってくるかもしれない」で、サゲ。師匠は「心が折れた時に演る、しんみりした噺」とコメントしていたが、師匠の演じ方の問題以前に、作品自体にあまり魅力を感じなかった。これを喬太郎師匠が演ると、良くなるとも思えない。優秀作品に選ばれたにしては、お粗末な気がした噺だった。

春風亭昇太「お見立て」
お客が杢兵衛大尽と聞いて、「イヤ!イヤ!イヤ!」と激しく拒否する喜瀬川花魁のわがままっぷりが凄くて楽しい。「病気ということにしておくれ」「見舞うということを言い出すんじゃないですか?」「布団の中で動けない状態で、お大尽が顔を近づけてきて『大丈夫かぁ』なんて迫ってきたら・・・想像するだけでも気持ち悪い!」。「諦めてください」と諭す喜助に、「じゃぁ、これはどうだい?死んじゃったことにしたら」と、とんでもない作戦を画策する喜瀬川。「恋焦がれて、焦がれ死にというのがいいよ!」に、喜助も「よく思いつくもんだね」と呆れ顔。

で、喜助は杢兵衛大尽の部屋へ大嘘をつきに出向く。その時のお大尽の描写が何とも可笑しい。横から見ると鼻がないほど、低い。鼻の穴は、そそっかしい蜜蜂が女王蜂探しに来ちゃう。煙草の煙で燻されて、額にアザができている。そして、思い切り下品なクシャミで「ハックショーイ!」。汚いキャラ全開のお大尽が「コケコッ!喜瀬川、どうした?」。「実はこの世のものじゃなくなりました。お亡くなりになりました」「馬鹿野郎!洒落や冗談で人の生き死にを言うもんじゃねぇ」「いえ、本当に亡くなったんでございます」「本当に死んだのか?何で、おっちんだんだ?」。

ここで、喜助の一世一代の大芝居。「お大尽のせいです。お大尽は、しばらく姿を見せなかった・・・喜瀬川花魁は大変心配しました。なぜ来てくれないんだ?他の店に行ったのでは?布団をかぶって、食べるものも食べずに、痩せ細りました。お大尽は来てくれるのか?よそに女を作ったのでは?会いたいなぁ、あの人に・・・そう言って、お亡くなりになりました」。これを聞いたお大尽、「ヒャクショーン!」と大きなクシャミをしたかと思うと、ボロボロと涙を流した。「喜助!何、ニヤニヤしているんだ!人が死んだというのに」と指摘され、慌ててお茶で目頭を湿すと、「茶殻が目にくっついているぞ!」。即座に「私は駿河の人間ですから、涙に茶殻が出まして」と言い訳する喜助が可笑しい。

で、「墓参りするから、寺を案内しろ」とお大尽。もうこうなったら、適当に寺を見繕って、花と線香で誤魔化すしかない、と覚悟を決めた喜助。大量の花と煙の沢山出た線香をたっぷり供えて、「こちらの墓でございます」。ここで、泣き崩れるお大尽の台詞が楽しい。「喜瀬川!こんな姿になりやがって。何で、待ってくれなかったんだ。お前は優しい女だった。あれはいつだったか・・・夜中になってオラが『おまんま食いてぇ』と言ったら、夜中のおまんまは体に悪いってお粥をこさえてくれた。二人でお粥を食べていたら、お前が急に泣き出しやがって、『男なんてものはいつ心変わりがするかわからない、お大尽がいつこの里へ来なくなるかわからない。よその女に行ったらどうしよう』って言う。『オラがそんな男に見えるか。生涯、女はお前だけだ』と言ったら、お前は急に、箸でもってオラの目を突いてきた。何すんだ!と言ったら、『それほどお大尽のことが好きなんだ~』って言ってくれたな」。

で、墓を見ると、享年三歳で童女とある。「お隣の墓です!」と喜助が言うと、今度は陸軍上等兵の墓。慌てて、「あ、こちらです!」と案内した墓には「座布団一枚、桂歌丸」。田舎臭いキャラ全開の杢兵衛大尽と喜助のドタバタ劇に大笑いの高座だった。