【文楽 桂川連理柵】38歳の男と14歳の娘との年の差不倫劇。悲しみに耐え、夫と家を守ろうとする健気な女房の姿に心打たれる。
国立小劇場で「12月文楽公演 桂川連理柵」を観ました。(2020・12・15)
「桂川連理柵」。この上演を観るたびに思うのは、長右衛門の女房お絹の夫を慕う強い気持ちである。38歳の帯屋の主人・長右衛門と隣家の14歳の信濃屋の娘・お半が男女の仲になってしまったことを耐え忍び、むしろ夫をかばって、帯屋を守ろうとする、その健気さに心を打たれるのである。
捨て子だった長右衛門は信濃屋で育ち、5歳で帯屋へ養子に入る。両家は親しく、お半は長右衛門を「おじさん」と慕っていた。あるとき、商用で遠州から戻る途中の長右衛門と、お伊勢参りの信濃屋一行が東海道の石部の宿で偶然同宿することに。その夜、お半が長右衛門の部屋に逃げてくる。信濃屋の丁稚・長吉が夜這いを仕掛けてきたというのだ。長右衛門はお半を布団の中に入れて匿ってあげるが、不覚にも男女の仲になってしまう…。これをのぞき見した長吉は腹いせに二人の仲を言いふらす。
一方、帯屋の養父・繁斎の再婚相手・おとせと、その連れ子・儀兵衛が帯屋乗っ取りを企んでいる。だから、長右衛門の不倫は後継者を儀兵衛にする格好の材料になるわけだ。そのピンチを救うのが、お絹。機転を利かせて証人の長吉を丸めこめ、事態収束を図る。
「六角堂の段」
古くから京の人々に親しまれた六角堂に、お絹は「夫婦円満」を願ってお百度参りしている。お絹に気がある小舅の儀兵衛が「お半が長右衛門に宛てた手紙」をちらつかせ、言い寄るも、グッと堪えて事を荒立てないようにするお絹。思案に暮れていると、ちょうどそこに長吉が通りかかったので、石部の宿のことを問い質し、ある妙案を思いつく。「帯屋でその話題がでたときに、お半とお前さんが恋仲であると言い張れば、お半との恋を成就させてあげるよ!」。長吉は大喜び。さあ、下地ができた。内心は大きな憂いを抱えているお絹の如才なさ。長吉を「長右衛門への嫉妬」から「お半恋しさ」に引き戻し丸め込み、味方につけるところなど、この女性はなんと強いのだろうと思う。
「帯屋の段」
ここはまず、恋文をめぐる詮議のトリックが可笑しみを交えて見どころだろう。「お半が長右衛門に宛てた手紙」。手紙の宛名となっている「長様」とは長右衛門ではなく、長吉だとお絹が言う。疑う儀兵衛が信濃屋から長吉を呼び出す。長吉いわく「お半は自分の女房だ!」。これで、後妻おとせと儀兵衛はしぶしぶとひきさがるしかない。長右衛門も女房のお絹に助けられた思いであろう。
お絹と長右衛門が二人きりになったときのお絹がいじらしい。お半とのことは承知している。お百度参りをしているのは長右衛門が自分に愛想尽かししないよう願ってのことだと告白。「私も女子(おなご)の端ぢやもの…」。長右衛門はただただ詫びるしかない。贖罪と自責。そして、横になる長右衛門に布団をかけて奥へ入るお絹。そのときの長右衛門の気持ちはいかばかりか。養父・繁斎やお絹への申し訳なさ。さらに、お半が身籠っていること。こりゃあ、難題だ。美しい夫婦の情愛で問題解決!とはいかない。善意と善意がありながら、最後まで解決すべき事柄は払い除けきれなかった。自分に愛想が尽きて、死を覚悟するのも無理はないかもしれない。
お半の「おじさま」長右衛門への気持ちが萎んでいないことも、ことを厄介にしている。おい、おい!お半が忍んでやってくるのだ。お半は思い切る見納めに顔をよく見たいと言うが、人目を気にする長右衛門はなだめつつ、そして密かに別れに情を込めながら返す。帰るお半。ただそれだけだったら、いいのに!門口にお半は書き置きを残していった。思い詰めた様子のお半が気になった長右衛門はそれに気づき、読むと…。
お半は桂川に身を投げる覚悟と書かれている。もう、後を追うしかない長右衛門。実は!15年前に芸子と桂川で心中しようとしたものの、一人だけ生き残ったという心中未遂の過去が長右衛門にはあった!お半はその生まれ変わりか。因果応報。罪滅ぼしのため、ともに身を投げようと、お半の後を追いかける…。
浮気された悲しみを堪えて夫と家を守ろうとするお絹。あどけなさの奥に小悪魔的な顔をのぞかせるお半。対照的な二人の女性に想われる長右衛門は結局、昔の因果に絡めとられたのだなあ。