笑福亭羽光「偽落語家」 落語家とは何か。アイデンティティを自問自答している中で出したひとつの答え。
ミュージックテイト西新宿店で「笑福亭羽光 一心不乱」を観ました。(2020・12・14)
羽光さんが来年5月の真打昇進を控えて、3回シリーズで新作落語に焦点を絞り、毎回ネタおろしを含めた「新作勉強会」をスタートしたのが10月。そのときに、ネタおろしと練り直しの二席のほかに演じたのが「ペラペラ王国」11分バージョンで、実はそれが、NHK新人落語大賞決勝戦のリハーサルだったことを明かした。その甲斐あって、見事に羽光さんは大賞を獲得。新作落語の実力派であることを「渋谷らくご創作大賞」と並んで掴んだことで証明した。
イイノホールで開かれたNHK新人落語大賞決勝は、ものすごい緊張感の中で戦ったという。「羽織を振る」「扇子をマイクにする」等、古典の要素を新作に取り込み、いかに権太楼師匠にアピールするか。「小辰や市弥との差別化を図る」ことを入念に計算した高座だったという。審査員である権太楼師匠、文珍師匠、片岡鶴太郎さん、國村隼さんの顔写真を前に置いて、自宅で何度も稽古した。コロナの影響でキャパ500のところに、観客は80人。受けても、さざ波のような笑いしか起きず、くじけそうになった。優勝が決まった瞬間のガッツポーズに笑顔がなかったのは、「疲れ切っていた」からだと言った。
大賞を受賞したことで、テレビやラジオの出演のオファーも増え、雑誌や新聞などのメディアのインタビュー取材も多くなった。第2回のこの日、最初に演じたのは前座時代に作ってリニューアルを重ねた「ニューシネマパラダイス」。落語の演目紹介を映画の予告編風にアレンジしたものを次々繰り出すネタで、7分間。これも、正月に決まっているテレビ出演のためのリハーサルを兼ねたものだ。いかにも羽光さんらしい。こんな風だ。
この夏、古典落語最大の奇妙な物語がスクリーンに登場。寿限無。「ご隠居、子どもが生まれましたんや。名前つけておくんなはれ」。平凡な家庭に生まれた子どもの奇妙な運命。長い名前をつけられたばっかりに彼の運命は大きく変わりはじめる。「おばちゃん、学校行くの遅れるから、先行きまっさ」。彼を阻む学校の友達。古典落語最大の奇妙な物語がスクリーンに登場。寿限無。あなたは必ず笑いころげる。同時上映、「寿限無パート2 マイナンバーが覚えられない」。
続けて演じたのがネタおろしの「偽落語家」。落語家とは何か。今、自分自身に問うている、その答えを出すつもりで作ったという。舞台はコロナ終息後の2030年。日本経済は回復の兆しが見えず、売れている落語家と売れていない落語家の格差が拡大した。そして、エンターテインメント業界も余裕がなくなり、落語が儲かると気づいたタレントや俳優が次々とセミプロとして落語会を開催し、売れないプロの落語家はますます売れなくなり、アルバイトで生活しなければ生きていけない世の中になってしまったという設定だ。
前座修行をして、着物が畳め、太鼓が叩け、お茶を出すタイミングがわかる落語家としての誇りとは何なのか。上手くて、面白くて、集客力があるセミプロに対して、「俺の方が了見がいいから」とプロの落語家は否定することができるのか。そこに起こったセミプロ落語家連続殺人事件…。
映画「ブレードランナー」の原作、フィリップ・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るのか?」から着想を得たと、羽光さんがブログに書いている。アンドロイドを描くことで、人間とは何かを描いたSF小説の金字塔。それを落語に準えたと。
プロの落語家は各派形態は違えど、苦い思いをして前座修行をしたからこそ、今、活動できている。それを「いいとこどり」するなんて。領域を荒らすな。そういう考え方も一部にはある。でも、セミプロの方たちも落語を愛していることに変わりはない。いや、むしろ、自分こそが偽物ではないか、とも。
羽光さん自身、俺は上方落語家なのか、東京で江戸っ子に混じって修行した。落語芸術協会所属。だけれども、松鶴の系譜の落語家である。むしろ、どこにも所属していないのかもしれない。落語家のアイデンティティの問題は一生涯続くのかもしれない。とても深い新作落語を今回、ネタおろしされたような気がした。