玉川奈々福「悲願千人斬の女」 長編浪曲の魅力を味わい、一挙口演の醍醐味に酔いしれた。
亀戸文化センターで「奈々福なないろ 悲願千人斬の女」を観ました。(2020・09・12)
今年6月に「代官山の晴れたら空に豆まいて」からの無観客配信で、奈々福さんが小沢信男先生原作「悲願千人斬の女」をうなったとき、僕の演芸脳は一気に高揚した。千人斬りと言いながら、まだ6人しか斬っていない。この続編もあるという。実在の人物、松の門三艸子ののっぴきならない恋愛遍歴の続きを聴かねば!そして、その続きを含め、この長編浪曲を一挙口演するという!おっとり刀で駆け付けた。
2006年、奈々福さんは名披露目の年に、小沢信雄先生の原作「悲願千人斬の女」を4席の浪花節にまとめた。それを一挙口演したのは、07年4月。豊子師匠と二人で作り上げ、これまでに4回の一挙口演をし、今回が5回目だそうだ。
幕末から明治にかけて、千人斬の男遍歴をやってのけた女性が実在した。明治初期の有名歌人。松の門三艸子。その数奇な人生とは?奈々福さんは今回、第2話から第4話まで3パートをうなった。第1話については、弟子の奈みほさんが幕前に瓦版売りに扮して説明。
上野、いまの鈴本演芸場の裏界隈はその昔「下谷数寄屋町」と呼ばれる花柳街だった。その町の名主・小川屋の一人娘として生まれた小川みさ。生まれついての器量よし。望まれて、13歳で深川の大店の若旦那に嫁いだが、夫の浮気に怒って僅か2年で実家に戻り、妻子ある能役者と恋に落ちる。道ならぬ恋は成就せず、19歳で単身自立をもくろんで、大歌人・井上文雄に内弟子として修行に入る。その修行中に師匠ともいろんな修行をしちゃう。ここまで3人斬り。
ところが、幕末動乱期。不景気のあおりを食って、実家の小川屋は倒産。そんな折、彼女にぞっこん惚れて求婚したのが井上塾の同窓生、因州池田家32万石のご祐筆係、近藤栄治郎。玉の輿のチャンスなのに、みさは申し出を袖にして、みさは深川芸者に売って出た。小川屋小三を名乗り、たちまち売れっ子芸者に。ここまでが第1話だ。
<第2話>
近藤栄治郎の求婚を無視して、深川の芸者・小川屋小三になったみさは、深川一の売れっ子芸者に。剣を持ち、馬に乗る小三を描いた錦絵まで売られ、北辰一刀流免許皆伝の「やっとう芸者」、男勝りな気性も含めた人気だったことがわかる。
安政元年端午の節句、松本楼にあがった小三。お座敷は贔屓客の土佐藩24万石、山内豊信。三階松の紋付を着ていた小三に山内の殿様は嫉妬する。すると、小三は着物に緋縮緬の二枚重ねごと鋏を入れ、その切れ端を庭へ放って、啖呵を切った。「これは前掛けにでもしな!」。「余が悪かった」と24万石の殿様は頭を下げ、小判100枚を渡して詫びる。小三は、その小判を女中たちに撒いた。辰巳芸者は何を売る、恋の深川、勇み肌、意気と侠気で殿をも惚れる。このニュースは「深川紋切り事件」として、「紋切り芸者、小三大明神」という見出しが躍る瓦版が出るほどだった。
みさに振られ、武家の身分を捨てて代書屋稼業をしている近藤栄次郎はこれを聞き、彼女に問う。「怖くはないのか?」「看板はお前さんが守ってくれているようなものだから。今の暮らしは面白いかい?もう3年になる」「あとを追いかけていると後悔している暇がないよ」「お前さんとは色恋にならなくてよかったと思っているよ。商売上の相方だもの」。栄治郎の気持ちは如何ばかりか、うぅー!「きょうの座敷はどこだい?」「松本楼」「殿様に惚れているのかい?土佐の殿は深川に通い詰めだと聞くが」「仕方ないじゃないかい」。
9年後の文久3年の夏。座敷で水戸藩士たちが暴れた。これは後からわかることだが、のちに幕府に反旗を翻す天狗党の乱を起こす男たちの最期の宴だった。芸者連中は逃げ出し、小三独りが残った。「刀はおしまいなさい」「この芸者風情が!命はもらった!」。冷静な小三が詠む。「たらちねの親の許しし敷島の道よりほかに道ゆくぞなき」。「この大和言葉がわからないのかい。わっちはわっちの道をいくんだ。何の役にも立たないだろうが、親のため、思う人のためなら、露とも思わぬこの命」と啖呵をきる小三。
そこに「待て!」と止めた人物が現れる。水戸藩重臣、後に天狗党の乱を率いて命を落とした武田耕雲斎、その人。志をもって非常の手段に出る国事に奔走する男。動乱の世に看板を背負って生きる女。修羅場を生きる者同士が感じ合わずにおらりょうか。公武合体に尽力した山内豊信。尊王攘夷に命を懸けた耕雲斎。気の強い女の「のっぴきならない」恋。ギリギリまで追い詰められた高揚感に激しく感じる。
奈々福が問いかけた。この小三は「あと腐れる」ことがないんです。普通はあと腐れますよね?私はあと腐れます。いやぁ、恋の本質に直球を投げ込む奈々福の浪曲の力だ。そして続ける。ここにあと腐れ続けている男が一人いた。叶わぬ恋と思っても、届かぬ人と思っても、初めて出会ったときからの胸に宿ったこの思い。せめてお前の望むよに、この動乱の世の中で、お前に傷がつかぬよに、俺が己が役割と思い定めてきたけれど、なぜにこの世はままならぬ。そう、身分を捨てて代書屋稼業をしている近藤栄治郎の気持ちに僕は肩入れしてしまう。
さらに瓦版に「小川屋小三、恋の鞘当て」と記事になったスキャンダルを起こす。八丁堀の与力・吉田駒次郎を奪わんと、花の吉原仲ノ町で、稲本楼の花魁・小稲と大立ち回り。これを聞いた栄次郎に、「欲徳じゃないことだってあるだろ。本気さ」と言う小三。どこまでも突っ走る小三に、栄次郎は「みささん、私は番頭役を降りるよ。馬鹿馬鹿しくなってきた」「惚れたら悪いのかい?」「悪いよ」「すっかり忘れちまったんだね。私はお前に惚れているんだ」。思い立ったが吉日。「身体だけは気をつけてくれ」と言って、栄次郎は去る。小三に頼まれた五郎が追いかけるが、「すまん。こうでもしなきゃ、踏ん切りつかない」「みささんも辛いんですよ。所帯を持ったらどうです?」「馬鹿か。みさは芸者を辞めても己ひとつで道を貫く。私は未練な男。こっぴどく振られればいいと思っている。潮時だ」「どうなさる?武家の身分を捨てて13年。こんなに尽くした兄さんが、あんまりでねえか」「あんまりなことなんて、掃いて捨てるほどあらあ。じゃあな!チェッ!手ぐらい握っておけば良かったな。畜生」。うぅ、切ないよぉ。
<第3話>
慶応4年4月、江戸城明け渡し。10月、改元で明治に。文明開化の世の中だ。芝神明の置屋にいた芸者の小三は、きょうも薩摩屋敷へ。芋=薩摩、みかん=長州ばかりで嫌気がさす。そこにニュースが飛び込む。茅場町の井上文雄先生が官軍に取り締まりを食らい、お縄になったという。出した歌集が「不敬」だと、発禁処分を受けたのだ。井上先生から「お前が後継者だ」と言われていた小三は悩む。お座敷の官軍を前に、元結を断ちバサミで切り、黒髪もバッサリと切ってしまう。「髷ってものは重たくてしょうがない。スッキリした。断髪ってが流行っているそうじゃないか」。芸者を辞める決心をする。
深川時代から知り合いだった幇間の駒太夫が“断髪美人”と持ち上げ、「深川に戻らないか」と誘った。新しい待合(逢引場所)を歌塾にして、評判を取る。小川屋小三改め松の門三艸子。大名家のお嬢様が通う塾の師匠として、また松本楼の芸者としての二枚看板として繁盛する。駒太夫は三艸子に「正式に盃を交わそう」と夫婦になることを持ち掛けるが、あくまでも共同経営者として付き合うことでけじめをつけたい三艸子は、松本楼のおなみが駒太夫に惚れているのを知っていたので、一緒になる世話をする。相変わらず、男離れのいい女だ。このとき、41歳。
両国で松本楼主催の書画会を開く。総合芸術サロン兼会費制のパーティーのようなもので、亡き井上文雄先生を偲んだ。芸者と和歌の師匠という二枚看板で成功した松の門三艸子の前に、突然現れた男が!その男とは!?
<第4話>
「栄治郎さん!」。その男とは、かつて番頭役として13年間、三艸子に尽くした男、近藤栄治郎だ。「変わらないなぁ、みささんは」という栄治郎は、随分と変わった。俳諧の宗匠、夜雪庵金羅となっていた。彼の「諦めていた恋」は、再びうずき出す。生まれ変わっても、惚れるだろう。これは逃れられない。そして、三艸子を取り巻く環境も変わった。大事な人たちがどんどんいなくなっていく。私は半分しんだようなものになっちゃう。年を取るというのはこういうことなの?どう生きていったらいいの?そのときに「私がいる」と言ってくれたのが、なんと栄治郎だったのだ。「私を独りにしないで、一緒にずっといて!」。すがりついたのは、三艸子の方だった。足掛け30年の恋である。
三艸子の母の葬儀も済ませた。維新から15年。栄治郎は彼女が「女としてあと、どこまで生きられるか、見届ける」のが楽しみだった。ところが!である。三艸子は突然、「心のキリがついた。きょうを限りに“看板”を下ろす。殿方も断つ」と言い放った。金輪際、男を断つという。歌三昧になるという。要らないものは、すべて捨てて、身軽になるという。
栄治郎は言った。冗談じゃない!抹香臭くなるお前なんか見たくない。お前が誰を愛そうが、私はお前をずっと見守っていた。それを簡単に断ってしまうのか。勝手だ!栄治郎は土間を飛び出す。もう誰も愛さぬ。燃えるような恋心は過去に捨てた。この世で一番望んだものは手に入らないことになっている。振られても仕方がない。ただ、天下の小三がこれで引退するのは納得できない。洒落たオチをつけないことには、胸が痛くてやりきれない。
千人斬りを達成した女は結願成就、成仏、解脱するという。その祝いの宴をやろうじゃないか。紋散らしのお玉の例にもあるように、食って食って、赤飯を炊こう。でも、饅頭じゃないんだから。数えてみる。深川の若旦那、能役者、井上先生、土佐の殿様、須山の殿様、脇坂の旦那、天狗党の耕雲斎、与力の駒三郎、幇間の駒太夫、新政府の大参事の小藤堂。都合「十」人。この「十」の字の上にチョン!と「ノ」を、お前さん(栄治郎)を載せれば「千」になる!
「本当の数なんか、誰にもわかりゃぁしない。最後はお前さんが、チョン!と乗っかる!」「派手な茶番だなあ。名誉あるチョンだ。男冥利に尽きる」。古来より、千の文字には魔力が潜む。1001人目を狙う男が現れ、噂に尾ひれがついて、人々に伝わり、伝説となる。夜雪庵金羅は明治27年10月没。享年65。松の門三艸子は大正3年8月22日没。享年83。
最後に、この長編浪曲への玉川奈々福の思いを引用して終わる。
幕末明治の動乱期。江戸に生きた人々は、ご一新後は、いわば「負け組」です。一度負けた人生を、彼らはどう生きたのか。一人の女性の心意気と、彼女に惚れ抜いた一人の男・・・もしも運命があるならば、生まれ変わった次の世も、きっと私はおまえに出会い、おまえに惚れてしまうのだろう・・・そんな、命を賭けた恋を、描きたい、と思っております。玉川奈々福