桂春蝶「ニライカナイで逢いましょう」 覚悟とは自ら命をかけて大切な何かを守ること。二度とあんなくだらない戦争をしてはいけない。

配信で「渋谷らくご八月興行」を観ました。(2020・08・15)

終戦の日。僕の心に残る素晴らしい高座を聴くことができた。桂春蝶師匠が沖縄戦をテーマに書かれた「ニライカナイで逢いましょう~ひめゆり学徒隊秘抄録~」。1時間15分の高座に引き込まれるにして聴いた。極限に生きる人々の物語は、「コロナの世の中で疲れ果て、生きにくいと感じている方たちが、この噺を聴くことで乗り越えられるのではないか。過去の事実を伝えて共有し、明日に生きようという勇気になれば」というメッセージを冒頭に師匠はおっしゃって、この創作落語に入った。一篇のドキュメンタリー映画を観ているようであった。

沖縄戦は20万人が犠牲になったと言われる。県民の4人に1人が亡くなった。この数字だけ聞いても壮絶である。では、その沖縄の地で何があったのか。それを従軍看護婦と特攻隊員という二つの側面から「若き命と太平洋戦争」を描いている。

ひめゆり学徒隊。沖縄県立第一高等女子学校と沖縄師範学校女子部の18歳から20歳の222名で構成され、沖縄陸軍病院に配属された。彼女たちは米軍の攻撃が激化すると、昭和20年3月には、南部の南風原(はえばる)の病院に移動。物語の一つは、この病院の傍にある防空壕だ。人工的に掘ったものではなく、ガマと呼ばれる自然洞窟。婦長のヨウコ先生とトミコ、セツコ、マサエはこの「神様が掘った穴」の中にいる。この穴は「ニライカナイに通じているのかな」というトミコの台詞が印象的である。ニライカナイは琉球地方に伝わる他界の概念で、祖霊が守護神へと生まれ変わるとも言い伝えられ、理想郷のような捉え方もされているようだ。

彼女たちは壮絶な体験をしてきた。左手を切断し、4里(16キロ)も離れた場所から必死の思いで野戦病院の辿りついた陸軍兵イトカズが、痛みに耐えながら「私は帝国軍人であります!」と言いながらも、「もう一度家族に会いたかった」と漏らす。彼には妻と4歳の娘と2歳の息子がいるという。命が絶えようとするとき、彼は言う。「妻のスエに伝えてください。いい人がいたら、一緒になりなさい。その人に守ってもらいなさい」。

一緒に従軍看護婦をしていたトモコは「もうダメみたい。今度、私を産んでくれるときは、戦争のない、鉄砲の弾が飛んでこないところに生まれたい。ありがとう・・・」と言って死んでいった。彼女たちは悩む。私たちはそれを見て、何も感じることができなくなってしまった。おかしくないだろうか?狂ったのだろうか?私は鬼だろうか?逃げたいんです、ここから。婦長のヨウコは言う。「それは、あなたたちが真面目に生きているからよ」。

きちんと眠れたことがない。汗ばかり出るので、ここ数日お手洗いに行っていない。狂った時代なの。夢の話しをしましょう。トミコはヨウコ先生のような看護婦さんになりたい。セツコはお母さんになりたい、平凡すぎますか?マサエはお腹いっぱいに紅芋を食べたい。ヨウコ先生はサトウキビ染めの襟巻を持っている。夫からもらったものだ。彼は海軍軍人で操縦士。別れの前日にもらったもの。「彼は言うの。僕はニライカナイに行きたい、って」。そして、ヨウコは夫に鯉のぼりを渡した。

防空壕の入り口に小犬の姿が見えた。思わず、カワイイ!と駆け寄った3人。そこに米軍の射撃が。負傷した3人は熱湯で煮沸消毒する必要があるが、新鮮な水がない。隣村まで行かないといけないが、危険だ。諦めるしかないのか…。いや、助けなければならない。ヨウコは心に決める。「あなた、もう一度逢いましょうと約束したのに…ごめんなさい」。

一方、こちらは鹿児島県鹿屋。海軍航空隊飛行隊長であるマツダリョウタロウ少佐が自ら特攻隊を志願した。第一航空艦隊司令帳は「第201航空隊は現有勢力をもって10月31日までにフィリピンに攻撃すべし」。俗にいう神風特攻隊だ。南方にたとえこの身が果てるとも幾年のちの春を思えど。

マツダはスズキ整備長に言う。指導育成の身が自ら志願する理由は、少年兵を特攻に行かせた自らの罪が大きいこと、そして何より、彼らのの目がキラキラと輝いていたということ。ナカザトイチロウはユーモアのある「特攻川柳」を作るのが好きだった。無精者死に際までも垢だらけ。そのナカザトが最期に作ったのが、勝敗は我等の知ったことでなし。ここに彼の無念が籠められていると。

その、特攻隊として飛び立ったはずのナカザトが戻ってきた。発動機にトラブルが発生し、海上に不時着。米軍の捕虜になったという。その米軍兵士が言っていた。「特攻隊は我々にとって好都合だ。日本はますます兵力を落とすだけだ」と。その米軍艦が暴発したとき、上級士官に「逃げろ」と救命胴衣を渡され、数日海をさまよって、この鹿屋にナカザトは辿り着いたのだ。

そして、ナカザトはその米軍の上級士官から渡された機密文書をマツダに見せる。そこには特攻隊の撃墜数や沈没数などの細かに分析されたデータと、「特攻隊は小型艦隊すら撃沈できない」という結論が書かれていた。マツダは思う。この事実を大本営に知らせ、「特攻作戦を白紙に戻してもらいたい」と指令官に進言しようと。

たった100時間の訓練で、実戦経験のまい少年兵をヨタヨタの演習機に乗せて、このまま特攻を続けるんですか?現場の兵士は誰も死を恐れてはいません。しかしながら、パイロットの指揮官には死に場所にふさわしい戦場を与える義務があるのではないでしょうか。我々が求めるのは命の理由だ。兵士たちの命の意義です。演習機の特攻をこのまま続けても戦果があがらないのは明白です。このまま推進なさるというのなら、司令部全員がそれに乗って一度出撃するがいい。私がゼロ戦に乗って戦機を撃ち落として見せます。いかがでしょうか!

マツダの進言に指令長は理屈の通らないことを言うばかりだ。上から言われたことに従うのが我々軍人の務めだ、お前らが全員死んでいくことに意味があるのだ、と。軍人が死ぬ。命をかけて特攻機でアメリカの軍隊に突っ込んでいくということが大切なんだ。国民なんて皆アホだから、軍人さんがこんなに頑張っているから、私たちも頑張らなきゃいけないと思う。お前らの役目はそこだ。死んでいくことがお前らの命の理由、命の意義だ。そんなこともわからないで軍人をやっていたのか。もはや精神論である。そして、本音が続く。参謀長が視察にくる。俺は出世したい。出世させてくれ。

マツダはこんな上司を相手にして仕方ないと悟る。我々の失ったものは大きすぎる。だけど、この敗戦から日本人は何かを得てくれるだろう。このままでは日本はダメなんだということを、唯一気づかせてくれるのは我々特攻隊員だ。そこに何らかの価値があると私は信じている。私はこの国の未来に希望をもって、明日、飛んでいこうと思います。

マツダは妻に手紙を書いた。私はただいまより特別攻撃隊員として沖縄の海に飛び立ちます。あなたとの数年間は私の良き思い出でありました。ありがとうございました。さようなら。マツダリョウタロウ。

マツダはナカザトに言う。ニライカナイを知っているか?俺は生まれ変わったら、ニライカナイに行きたい。そこへ案内してほしいのだ。よし、行くぞ!一緒に飛ぼう!飛び立つゼロ戦には妻からもらった、鯉のぼりをつけた。参謀長が来るからそんな軟派なことはやめろという指令長の命令を殴って強行した。

ナカザトが言う。「覚悟というものが、わかりました。ほんの少しだけ操縦桿を倒すこと」。マツダは言う。「お前もこの海にいるな。この鯉のぼりが見えるか?お前と一緒だ」。上空を見上げるヨウコ。「あれは特攻隊のゼロ戦!あ、鯉のぼりだ!リョウタロウさん!」。ヨウコに首にはサトウキビ染めの襟巻。

「俺も覚悟がわかったぞ。自ら命をかけて大切な何かを守ることだ。ヨウコ、お前のお陰で最期まで幸せだった」。マツダのゼロ戦は弾をかわし続ける。「今、ここで死んだら、あの人の命の意味がわからない。生きろ!生きろ!絶対に死んではいけない」。ヨウコが叫ぶ。「日本が戦争に勝つとか、負けるなんてどうでもいい。それよりも、こんなくだらない戦争をしていけない。私はどんなことをして生きてやる!あなた、ニライカナイで待っていてね」。

命は自分だけのものではない。未来の誰かのものである。そういう大きなことを教えてくれた。3人の従軍看護婦。トミコは国境なき医師団で活動。セツコは沢山の子どもを産み、大家族を作った。そしてマサエは紅芋チップスの社長となり、その利益は戦争孤児に寄付された。

春蝶師匠、素晴らしい物語をありがとうございました。三代目桂春蝶著「春蝶の千夜一夜の物語(1)」より抜粋して締めます。

従軍看護婦・特攻隊員、彼女・彼らの人生を表現する感情の振れ幅は、自分の心のメインマストにとてつもない負荷をかけます。一方そんな負荷もあれば、ミラクルもあって。この感情の振れ幅は、一つの大きな奇跡をもたらすのです。憑依的な話(けしてスピリチュアルな話ではありませんよ)で、「ニライカナイ」を演っているときに何度も何度も「これは自分ではない」と感じる状態になってしまったことがありまして。勝手に誰かが僕の身体に憑依して語っている。他力の何かによってその舞台が花開いている。いわば噺の登場人物の力によって僕が生かされている。以上、抜粋。