“令和の爆笑王” 変化球で配信落語に一石を投じる 林家きく麿「くびまろ落語」

YouTube「娯楽百貨寄席」で、「林家きく麿?独演会」(通称「くびまろ落語」)を5本観ました。

いま、寄席やホール落語会が緊急事態宣言延長によって休止になり、色々な噺家さんが配信を始める、もしくは配信は見送るというそれぞれの決断をしています。どちらにも、功罪があり、有料・無料問題、アーカイブ対応問題、インフラ整備問題、人気格差の拡大問題など、さまざまな課題を抱えていることを感じています。世の中がデジタル時代に入っていく中で、コロナ禍がたまたま、誤解を恐れずにいえば、ある種のきっかけとなってくれ、今後の演芸の在り方、大袈裟にいえば、エンターテインメントの在り方を問うているような気がしてなりません。

ある方が、「いま、噺家も主催者も、どれだけ落語を愛しているか、神様に問われている時期」と言っていました。「生半可な気持ちで落語ブームとか呼ばれているようだから、やってみるか、というような人間は淘汰されるだろう」と。本当にそう思います。

そんな中、“令和の爆笑王”林家きく麿師匠が、ユニークな演出の落語配信を始めました。元々、コロナ禍以前からYouTube「居酒屋きく麿」で料理を配信していた師匠。本寸法の配信落語を洒落のめすかのような、遊び心満載の「くびまろ落語」の配信をスタート、現在4本を見ることができます。観ていただければ、説明不要なのですが、師匠はシャツと股引の生地を素材に小さな全身着物の人形を座布団に座らせ、ご自分は首から上だけを出して、両腕を使って身振り手振りをして、これまで評判の高い新作落語を披露するというものです。とにかく、面白いので、観てください!

僕自身、きく麿師匠の新作が面白い!と気づき始めたのは、恥ずかしながら、ここ2、3年なんです。一緒に新作を創るユニット「せめ達磨」のメンバーの三遊亭粋歌さんからは「矢部さん、気づくの遅いです!」と言われてしまいましたが、このところ、寄席でトリを取ることも増え、評価が高まっている。時代がようやく、きく麿師匠に追いついたのでしょう。

「東京かわら版」2010年10月号、「落語協会 秋の新真打」から、きく麿師匠のインタビューを。以下、抜粋。

自分の作ったネタが受けた時の達成感は中毒になりますよ。受けないと本当に嫌になりますが、新作の人は「戦っている」意識が高くて、死ぬような思いをして作る作業を繰り返すことがすきなんですね。(中略)

新作で仕事をいただけるようになりたいです。今は「きく麿」でお仕事をいただいているんです。地方に行くと不安と恐怖で古典落語に逃げてしまう弱さがある。その選択は間違っていないのですが「きく麿の新作が聞きたい」と言っていただけたら最高なんです。白鳥師匠からも「真打のなってからが勝負」と優しい声をかけていただきました。

一昨年から寄席の出番をいただくときは、新作で勝負すると心に決めています。僕の場合、新作派の一門と違って「何だかわからない人が新作やっている」と思われてしまうので、認知度を高めるための戦いでもあります。(中略)寄席でも若いお客様を中心に受けることが多くなり、自信がついてきました。披露目の会はオール新作で突っ走りますので期待してください!以上、抜粋。

10年後のいま、それが花開いている。ますます、パワーアップする「きく麿らくご」から目が離せない!以下、「娯楽百貨寄席」で配信中の「くびまろ落語」の演目を紹介します。

「寝かしつけ」

3歳の子供をどうやって寝かしつけるか、悩む父親。「桃太郎だったら、おとぎ話の読み聞かせもでき、子守唄にもなり一石二鳥」との提案に、「うちの子供が道で、きび団子、頂戴!と言っても、持っている確率は非常に低い。それでもらえず、傷つき、ひきこもりになる」と心配。じゃぁと、♪あげません、あげません、これは私のものですよ、あなたになんかあげません、♪くださいな、くださいな、そんな意地悪言わないで、一つ私にくださいな、♪嫌ですね、嫌ですね、第一あなたは誰ですか、知らない人にはあげません、♪犬ですよ、犬ですよ、人ではなくて犬ですよ、犬に名前はありません・・・と、二人のやりとりが「桃太郎」の矛盾点を暴露、エスカレートしていく…。

「首領(ドン)が行く!」

ある小学校の4年2組。映画の感想文が宿題に出されたが。極道好きのヨシダはVシネマ「ザ・首領ここにあり」、自分の代わりに懲役を食らったしまった兄弟分のために日本の首領にのし上がっていくというスペクタクルロマンを。友人のタケイも「夢見がちな首領フォーエバー」、自分の兄貴の舎弟になった男が苦労に苦労を重ねて、自分の兄貴を首領に押し上げていくという人情噺を。二人は給食の小鉢で兄弟盃を交わし、いつの間にか担任教師が岩下志麻みたいになっていき、4年1組との血で血を洗う抗争に発展する…。

「スナックヒヤシンス」

ある場末のスナック。ママのジュンコと店員のアキコは合計150歳。お客が来ないので、常連客の山田の悪口ごっこで盛り上がる。耳の裏が臭い、財布がヌルッとしている、ポロシャツ着るとピチピチ…。20代と思われる、もう一人の手人・ヒロコがフォローしていたところに、山田さん登場。彼のカラオケの十八番「恋のオーライ~坂道発進」を、ヒロコとデュエット。♪乗り越えられない坂道を、お前とならば越えられる、踏みしめられないアクセルがあなたと私の登り坂、踏み込み強いと後戻り、踏み込み弱いと急発進、二人の恋の半クラッチ~ さぁ、山田とヒロコの恋の行方は…。

「歯ンデレラ」

ヨシダタケコは、最近、総入れ歯にして、表情が明るくなったと評判。夫に先立たれ、同居の嫁に苛められるタケコは合コンへ。そこで、知り合った男性と意気投合したが、名前を言えずに、しかも入れ歯を落として、その場を去ってしまった。後日、その男性はタケイ財閥の会長で独り暮らし、再婚相手を探している、それも、この入れ歯の持ち主を探している、という情報が…。夢の豪華クルーズ船の旅を夢見て、タケコは勇んでタケイ会長のもとに行くが…。

「陳宝軒」

金明竹の博多弁バージョン。♪たまには喧嘩に負けてこい~(福岡の東雲堂のにわかせんぺいのCMソング)と歌いながら男がやってきて、店番の与太郎に言伝をする。九州の叔父さんからのお遣いの方でタケイさん。香典返しに贈りたいと、まるで九州うまいものカタログみたいな早口の言い立てのがミソ。長崎の陳宝軒の角煮饅頭、福岡の稚加榮の明太子、熊本城の下の店で売っている辛子蓮根、宮﨑延岡の「どげんかせんといかん」饅頭(以前、東国原知事時代の地域おこしでそういう愛称がついたが、正式名は虎彦の破れ饅頭)、芋焼酎は村尾酒造の赤村尾、黒村尾、普通村尾…。この前、北九州出身の門朗改メ橘家文太が演っていた。

コロナ禍が終息するまで、娯楽百貨寄席で配信される一風変わった演出の「くびまろ落語」で“きく麿ワールド”を味わい、寄席が再開するのを待ちましょう。