浪曲定席木馬亭 天中軒かおり「琴櫻」天中軒すみれ「大石妻子別れ」天中軒雲月「男一匹 天野屋利兵衛」

浪曲定席木馬亭十一月公演三日目に行きました。きょうは「初代天中軒雲月生誕131年」の企画公演だ。
「琴櫻」天中軒かおり・沢村博喜/「大石妻子別れ」天中軒すみれ・沢村理緒/「八丈島物語 宇喜多秀家」天中軒景友・沢村博喜/「武田信玄」木村勝千代・沢村まみ/中入り/「子別れ峠」国本はる乃・沢村道世/「天明白浪伝 八百蔵吉五郎」神田梅之丞/「芋代官 井戸平佐衛門」天中軒月子/「男一匹 天野屋利兵衛」天中軒雲月・沢村博喜
かおりさんの「琴櫻」。前座なので持ち時間は15分しかないが、とても良かった。琴櫻が横綱柏戸に挑戦したが、右足首を骨折し、再起不能と言われたところから這い上がる精神力。大関に昇進するも、カド番続きだったが、娘の誕生で奮起し、「稽古横綱」「姥桜」といった悪名を払拭して第53代横綱に昇進するドラマを力強い節と啖呵で聴かせてくれた。名披露目まで、もうひと踏ん張りだ。
すみれさんの「大石妻子別れ」。師匠雲月からネタ指定され、ほぼネタおろしに近い高座だったが、素晴らしかった。仇討本懐を胸に秘めながらも、これを秘密裡に実行するために、大石内蔵助は遊女おかるを身請けし、本妻のりくを女中扱いする。また、母の「仇討はいつか」との問いに、「断念した」と答え、父の位牌を庭に投げつける。これも全て「忠義のため」の狂言であり、その心中はさぞ苦しかったであろうと想像させる。
内蔵助に離縁を言い渡された妻りくは義母と息子の吉千代と大三郎を連れて実父・石束源五兵衛の住む但馬豊岡へ行く。犬侍と罵られても、内蔵助はグッと堪える。源五兵衛が内蔵助の筆による胸の内を読んだとき、内蔵助の並々ならぬ決意を察するところ、なるほど豊岡藩の筆頭家老を勤めた人物だけのことはある。伴をしてきた寺坂吉右衛門に五十両を差し出すことは、「仇討が成就しますように」という暗黙の返答だったのだろうと思わせる。良い読み物をしっかり聴かせてくれた。
はる乃さんの「子別れ峠」。これも雲月先生からのリクエストだそうだ。はる乃さんの師匠だった国本晴美先生の夫が天中軒龍月先生で、雲月先生とは兄弟弟子にあたる。
20年前に吉村とせつ子は二人の間に生まれたばかりの女の子を西山温泉の納屋に捨てた。それを今さら「我が子です」と名乗って許しを請うことができようか。しかも、今は馬子の与兵衛の娘として暮らしているお絹を譲り受けるなんて図々しいことは許されないと思う。
旅館の佐野屋が進めている乗り合いバスの運行計画は与兵衛の仕事を奪うものだが、馬を買うためにした借金の返済の代わりに「お絹を後妻に迎えたい」と言う佐野屋主人の存在も余計に与兵衛の気持ちを逆撫でするのが伝わる。
与兵衛の叫び。今さら、そんな話はやめてくれ。あの娘が乳飲み子の頃に女房が亡くなってどれだけ苦労してきたか。貰い乳をするために、あちこち頭を下げて回った苦労がわかるか。捨てた人間にはわからない。おらはお絹を離さない。
吉村夫婦は「佐野屋に馬の代金は払っておきました。我が子を連れ戻すなんて、私たちの我儘でした。東京へ戻ります。父子2人の幸せを祈ります」と書いた手紙とお金を置いて西山温泉を去っていく。本当はワッと抱きしめたいという気持ちもあったろう。実の親の心がわからないでもない。理屈では吉村夫婦を許せなくても、お絹の本当の幸せとは何かを考えると複雑な気持ちになる読み物だ。最後の与兵衛の「お父っつぁん!おっかさん!と呼んでやれ」という台詞にその複雑な心境が表れている気がした。
雲月先生の「天野屋利兵衛」。誰に頼まれて夜討ち道具を用意したのか。利兵衛に口を割らせるために、松野河内守は息子吉松をお白州に呼び、火責めという痛め吟味を敢行する。情け深い西町奉行として評判の高い河内守とて、こんなことはしたくない。だが、利兵衛は「その儀ばかりは申し上げられない」と強硬だから、仕方なく決断したことが伝わってくる。だが、利兵衛は屈しない。
泣くな、嘆くな、吉松よ。お前はこの父の子、未練な死に方するではない。父も後からすぐ逝くぞ。三途の川で手を取り合って、一緒に死んでくれ。
「申し上げます。夜討ち道具を頼んだその人は元播州赤穂様の城代家老大石様」と口まで出たがそうじゃない。もしもそれを言うたなら、大石様はじめ同志のあの苦労がたった一夜で水の泡になってしまう。それを思えば、火責めなど何のその、そこが我慢のしどころ…利兵衛の堅く誓った胸中が心に迫ってくるようだ。
河内守がこれを見て、「血もなければ涙もないのか」と責めるが、利兵衛は「町人なれど、天野屋利兵衛、男と見込まれましたからは、決して白状いたしません。頼まれました甲斐がない。天野屋利兵衛は男でござる」。
この利兵衛の姿を見ると、忠義というものは侍だけのものではないと痛感させられる。河内守もそれを悟ったのだろう。「入牢を申し付ける。体を大事にせよ」と言って、裁きを終える。河内守も赤穂に味方したいが、立場上できない心苦しさに苦悩したのだろう。そして、この決断。雲月先生の力強い赤穂義士外伝、圧巻だった。

