鶴枝ひとり 松柳亭鶴枝「火事息子」、そして わん丈ストリート 三遊亭わん丈「なめる」

「鶴枝ひとり~松柳亭鶴枝独演会」に行きました。「道具屋」「大工調べ」「火事息子」の三席。

「火事息子」。質屋の伊勢屋の息子、藤三郎は幼い頃から火事が好きで、十七歳で火消になりたいと鳶頭に願い出たことが知れて、父親はいろは四十八組に廻状を廻し、これを阻止した。だが、十九歳のときに家出をして、行方知らずとなり、仕方なく久離切って勘当した。

火事が湿って、事なきを得た伊勢屋に火事見舞いが来る。高田屋からは「親父が風邪をひいた」ので、倅が名代としてやって来た。旦那が「良い跡取りができたね」と言うと、勘当した藤三郎と同い年、嫁を取って子どもまでいると知る。「それに比べて、うちの馬鹿はどこで何をしているのか。きっと野垂れ死にしているに違いない」と嘆く気持ちはいかばかりか。

蔵の目塗りをした際に番頭の手助けをしてくれた臥煙が藤三郎だった。番頭が親子を引き合わせたいと思うのも当然だろう。藤三郎が「お目にかかりにくい」というのを無理やり引っ張ってきた。父親も「会うわけにはいかない。一度勘当した息子と会ったと知れたら、世間様に顔向けできない。赤の他人だ」と頑固だ。だが、番頭の台詞がいい。「赤の他人なればこそ、会って御礼を言うのが筋ではないでしょうか」。道理である。

竃の脇で小さくなって控えている息子に父親が礼を言う。「どなたかと思えば、あなたでしたか。先程はお手伝いいただき、ありがとうございました」。これに対し、藤三郎も「今さら、会えた義理ではないですが、番頭を見ていたら、居ても立っても居られず…相変わらずお達者のご様子、陰ながらお喜び申し上げます」。

父親も他人行儀を貫こうとしたが、どうしても我慢ならず小言を言うのも父親ゆえだ。「年は取りましたが、まだまだ身体は達者です。お前さんは随分と変わりましたな。大層、体に絵が入って…身体髪膚之を父母に受くあえて毀傷せざるは孝の始めなりだ。それはお前の見栄か?裸同然の体を見て、近所の人にあれが伊勢屋の倅だと知れたら、暖簾に傷がつく。親の顔に泥を塗って!」。

一方の母親は対照的に愛情を隠しきれないところ、胸に迫る。「お前は何をしているんだい。ちゃんと屋根の下に暮らしているのか、布団の中で寝ているのか、縁の下にでもいて震えているんじゃないか、心配していましたよ」。さらに、父親の本心を暴露する。「いくら身代が大きくなっても、譲る者がいない。あんな者でも、詫びさえ入れれば、身代は譲るのにとお父っつぁんは言っているんだよ」。

体中に彫られた刺青を見て、「綺麗に彫れたね。良い九紋龍だ。お前は色白だから栄える」と甘い。ここで父親も素直になる。「お前の着物がいっぱいある。あげましょう」と母親が言うと、「表へ打っ棄っておけば、拾う者もいるだろう。いくらか小遣いをつけて、打っ棄っておけ」。世間体を気にして勘当しても、実のところは血の繋がった親子。可愛くないわけがない。親子の情愛を鶴枝師匠は実に丁寧に描いて、良かった。

「わん丈ストリート~三遊亭わん丈独演会」に行きました。「寄合酒」「なめる」「雪の瀬川」(上)の三席。開口一番は柳亭市助さんで「悋気の独楽」だった。

「なめる」、ネタおろし。円生百席に入っているが、ほとんど演り手のいない珍品だ。バレ噺のようにもとれるが、艶笑という感じではない。噺の構造は「転宅」に似ている。不思議な噺だ。これをあえて演じる意気が良いと思った。

桟敷で芝居見物しているお嬢様と女中と知り合った男。音羽屋が贔屓ということで、大向こうをいっぱい掛けたら、気に入られた。歳を訊かれ、「二十二」と答えると、住まっている業平の寮に誘われ、酒を振舞われる。

そこでお嬢様に「お願いがある」と言われる。左の乳房の下に出来物があり、そこを舐めてほしいというのだ。叶えてくれたら、添い遂げたいと色仕掛けで言う。男は「俺に惚れたな」と思い、出来物を舐めてあげる。異臭がしたが、そんなことより、この綺麗なお嬢様に惚れられたことが嬉しくて仕方ない。気持ちが悪くなったので、顔を洗った。

そこに来訪者が。女中のお清によれば、「酒乱の叔父様が酔って訪ねてきた」という。先日も、家に上がっていた八百屋が斬り殺された。「裏から逃げてください」と言われ、事なきを得た。

だが、男はお嬢様の白い肌が忘れられず、翌日に業平の寮を再訪する。だが、誰もいない様子。向かいの煙草屋に訊くと…。あそこに住んでいたのは、麹町のお嬢様だが、乳房の下の出来物が何人もの医者に診てもらったが治らない。そこで易者に占ってもらうと、「四歳年上の男に舐められたら治る」。それで、そんな男が見つからないかと毎日芝居に通い、昨日見事に四歳年上の男を生け捕りできたという…。

お嬢様の出来物は治り、女中とともに転居した。舐めた男は「七日の命」と言われ、卒倒してしまい、気付け薬を貰うと、「もう、舐めるのは勘弁」というサゲ。若干シモがかった不思議な噺で、寄席などの高座には掛けにくいと思うが、僕は結構好きである。