春風亭一花真打昇進披露興行「粗忽の釘」

新宿末廣亭の春風亭一花真打昇進披露興行仲日に行きました。

「転失気」春風亭らいち/「寿限無」柳家小太郎/民謡 立花家あまね/「看板のピン」柳亭こみち/「道具屋」入船亭扇治/奇術 伊藤夢葉/「紙入れ」五明楼玉の輔/「新聞記事」林家正蔵/紙切り 林家楽一/「岸柳島」春風亭一朝/中入り/口上/漫才 笑組/「紋三郎稲荷」入船亭扇辰/「化け物使い」橘家圓太郎/太神楽曲芸 鏡味仙志郎・仙成/「粗忽の釘」春風亭一花

圓太郎師匠の口上。芸の上では従兄弟同士にあたるので、噺の稽古をつけてあげる機会も多かったが、一花は「美しい、正確な日本語」を操ると褒めた。また、育ちが良いからだろうか、噺に余計なことを入れず、落語の世界へいざなってくれる、とも。胡蝶蘭がこれだけ贈られる披露目も珍しいと言って、一句。秋咲きの蘭一花は寄席にあり。

玉の輔師匠。一花はつる子とあんこの三人で「おきゃんでぃーず」というユニットを組んでいるが、つる子は美馬や桃花を誘わずに「手頃なところ」を選んだ(笑)。だが、一花はつる子に負けていないところを見せてくれた。「おんな」を出さずに清々しい江戸前の落語を演じると一花を高く評価した。

正蔵師匠。売れる芸人はどこか可愛いところがなきゃいけない。一花が挨拶に来たときに、うちのかみさんが「可愛い。絶対、売れるね」と褒めた。30年間、私のことを褒めたことのないかみさんが…(笑)。作った可愛さではない、志や心根のところに可愛さがあるのが素晴らしいと讃えた。

一朝師匠。一花が入門してすぐに、うちのかみさんが入院した。忙しい私の代わりに、一花が毎日見舞って、付き添ってくれた。一花が真打になるとき、「絶対口上に並ぶぞ」と思った。私は真打昇進の前年に師匠柳朝が倒れ、口上の隣に並んでもらうことが叶わなかった。こんな淋しいことはない。披露目が無事に終わって、病院のベッドにいる柳朝に報告に行ったら、師匠は泣きながら私の手を取って「すまなかった」と言ってくれたことを思い出す。だから、一花の口上に並ぶという願いが叶って、幸せですと喜んだ。

一花師匠の「粗忽の釘」。一朝師匠は師匠柳朝の噺の中でこの噺が一番好きで、畏れ多くて出来ないのだそうだ。一花師匠は「師匠一朝の気持ちを受けて、その一門の噺を演ります」。

八五郎が八寸の瓦釘を壁に打ち込んでしまったことを謝ろうと隣の家でなく、お向かいの家に行ってしまう。それを女房は「お前さんは落ち着けば一人前なんだから」と言って、煙草入れを持たせて送り出すところから面白い。

「落ち着かしてもらおうと思いまして」と訪ねた八五郎は、瓦釘の件などすっかり忘れてしまい、「落ち着くこと」に専念するというのが肝だし、それこそが「粗忽」というものだろう。今の女房が伊勢屋に奉公していたときに、俺に気があるんじゃないかと御勝手で洗い物をしている女性に後ろから近づき、コチョコチョとくすぐったという馴れ初めを喋り出したら止まらない。

やがて所帯持ちたての頃の話になり、夫婦二人で盥で行水を浴びて、背中の流しっこをしようと、間にシャボンを挟んでフェーフェー。立ち上がったら、盥に底が抜けて、縁だけ持って、エッサエッサとカニ歩きしたという…。頭に絵が浮かぶ漫画チックな情景が先代柳朝譲りの可笑しさである。

女房は「初対面の人にあの話をしたの!?」と驚くし、隣人は「明日から楽しくなりそうだ」と喜ぶし。八寸の瓦釘が仏壇の阿弥陀様の喉首を貫いたことを知っても、八五郎を頭ごなしに怒らないで許してあげるのではないか。そんな愉快な粗忽の八五郎騒動記である。