【知恵泉】ジャンルメーカー 近松門左衛門~人形浄瑠璃の興隆~

NHK―Eテレで「知恵泉 ジャンルメーカー 近松門左衛門~人形浄瑠璃の興隆~」を観ました。

近松以前の浄瑠璃は古浄瑠璃で、それ以降が当流浄瑠璃と呼ばれるということを初めて知った。武士の家に生まれたが、父親が浪人となったために、子供たちは再就職先を探し、他の兄弟は武家の仕官が叶う中、近松だけは芸能の世界に入り込み、人形浄瑠璃の宇治座の大道具係となり、狂言作者の修業をしたというのが面白い。

農民出身の竹本義太夫が大坂道頓堀に竹本座を興す一方で、宇治座の加賀掾は人気作家の井原西鶴と組んで対抗する。そのときに竹本が旧知の近松に助けを求め、いわば旧勢力の宇治座vs新興勢力の竹本座という構図になった。そのとき、近松は「出世景清」という長編悲劇を生み出す。景清を題材にした作品は元々あったが、その既存の浄瑠璃から全く新しい物語を創作したのだった。

この「出世景清」は上演が途絶え、幻の狂言になっているが、取材班のすごいところは今でもその「出世景清」を演じている場所を掴み、撮影して見せてくれたことだ。石川県白山市東二口地区に残る国指定重要無形民俗文化財の東二口文弥人形浄瑠璃だ。人形は近松の時代と同じ一人遣いである。

景清は元恋人の遊女阿古屋に裏切られて密告され、牢に入ってしまう。それは景清が大宮司の娘の小野姫と結婚したため、阿古屋が嫉妬心を抱いたからだ。景清は阿古屋を罵倒すると、阿古屋は後悔し、自害してしまう…。そこには自分の意志で道を選ぶという、人間の葛藤のドラマがあり、それまでの浄瑠璃の神の力が及ぶというものとは一線を画す新しさがあった。

その後、竹本座はヒット作を出しながらも経営難に陥り、近松は初代坂田藤十郎の誘いもあって、歌舞伎作者の仕事にスライドするようになる。だが、近松には葛藤があった。当時の歌舞伎は役者主体であり、台本に作者近松門左衛門の名を記すことで顰蹙を買っていたのだ。

そんなとき、曾根崎天神心中事件が起きる。近松はこの事件を取材し、一か月後に人形浄瑠璃「曾根崎心中」として初演したのだ。これまでの浄瑠璃は時代物ばかりで、現代を扱ったものがなかった。それを世話物という現代劇のジャンルを切り拓いたのが近松なのだ。

醤油屋手代の徳兵衛と十九歳の遊女お初の道ならぬ恋。お初が主導権を握り、心中を決意し、徳兵衛がそれを受け入れた。このスキャンダラスなトピックスを単なるゴシップにせず、後世に通用する普遍性を持たせたのが「曾根崎心中」だった。特にラストの「恋の手本となりにけり」、あえて死を選ぶという展開はそれまでの一般常識を覆す画期的なストーリーであり、空前のヒットとなって、竹本座はこれでそれまでの借金を全て返済できたという。

その後、近松は「心中天網島」「女殺油地獄」など次々とヒットを飛ばし、現代劇のジャンルを確固たるものにした。近松の辞世の句。これぞ辞世去るほどにさてもそののちに残る桜が花しにほはば。既存の勧善懲悪とは全く異なる倫理観の上に成り立っている人間ドラマだからこそ、近松作品は現代でも演じ続けられているのであろう。