春風亭一花真打昇進披露興行「猫忠」「子別れ」

上野鈴本演芸場の春風亭一花真打昇進披露興行九日目に行きました。
江戸曲独楽 三増紋之助/「狸の鯉」柳亭市若/「たらちね」入船亭扇辰/漫才 すず風にゃん子・金魚/「扇の的」春風亭小朝/「鼓ヶ滝」林家正蔵/ものまね 江戸家猫八/「看板のピン」春風亭一朝/中入り/口上/奇術 ダーク広和/「金明竹」桂二葉/「強情灸」橘家圓太郎/浮世節 立花家橘之助/「猫忠」春風亭一花
圓太郎師匠の口上。大師匠である先代柳朝が脳血栓で病床にあるときに、「うちの一門は皆上手いんだ。ちゃんとやるように」と言われたという。噺家は髪型に気を配れ、それは殿様にもなるし、おかみさんにもなる、お客様の想像の邪魔になってはいけないから。それを師匠小朝に教わりました(笑)。ここで一句、秋霖にただひたすらに咲く花よ。
小朝師匠。師匠選びは大博奕なんです。一切、情報がない。おかみさん、兄弟子、師匠のご贔屓。その点、一花は恵まれた。おかみさんは江戸っ子でさっぱりしていて、お嬢様だから優しい。兄弟子は皆優しい、特に一之輔という目標になる噺家がいる。御贔屓筋も良い。そして、肝心の師匠。これが思ったより尊敬できない人だったら、地獄です。その点、一朝師匠は可愛い。母性本能をくすぐるような愛しさがある。その師匠にロックオンしているし、師匠も一花をロックオンしている。一朝師匠が手塩に掛けた大事な弟子のさらなる活躍を願った。
正蔵師匠。落語研究会の楽屋で雲助師匠が「江戸で一に花が咲き、上方で二に葉が繁ったね」と言ったというエピソードを再び繰り返した。このことを小朝師匠が雲助師匠に訊いたら、「俺はそんなことは言っていない」と返されたと楽屋で話していたと、二葉さんが高座で暴露していた。「それに、私は葉っぱ。花じゃないんだ」と嘆いたのが可笑しかった。
一朝師匠。一花の落語は女性を感じさせない、与太郎や隠居、熊さん八っつぁんに違和感がないと評価した。それは人物を作っているわけではなく、一花が消えるのだ、と。これも稽古の賜物だと讃えた。
一花師匠の「猫忠」。お師匠さんと常兄ぃが昼間からしなだれかかって、だらしない顔をしながら、酒をやったりとったりしているところを節穴から目撃した次郎さんと六さんが悔しがって、嫉妬深い常兄ぃの女房に炊きつけようとするところ。「こんないい女房がいるのに、何をしているんだろうね、常兄ぃは」に、女房は「夫婦の間を揉めさせて、なにが面白いんだい!あんまり良い遊びじゃないよ!」と怒るが…。あんまりしつこく言うので、奥で寝ていた常兄ぃが起きて来て、次郎さん六さんがビックリ!このやりとりを愉しく活写する一花師匠が巧みだ。
常兄ぃは「心当たりがある」と言って、「じゃあ、“俺”を見に行こうじゃないか!」。そして、自分も節穴から覗いて、「もう一人の自分」を目撃し、「これは狐狸妖怪の仕業だな」と、部屋に乗り込みとっちめる作戦を立て、次郎さん六さんに先に行かせる。隙を見て、耳を触り、ピョコピョコしたら、それは化け物だという証拠だ。
案の定、猫が常兄ぃに化けていた。その猫が「一通り、その理由(わけ)をお聞きください」と言って、鳴物が入り、芝居台詞になるところが最大の見せ場だ。お師匠さんの持っている三味線は、殺された私の親猫…私の親はその三味線なのでございます。狐忠信ならぬ、猫の忠信。初音の鼓でなく、初音の三味線という…。
義経千本桜のパロディとして、いじらしい子猫の心情を表現する一花師匠の手腕に感服した。
上野鈴本演芸場の春風亭一花真打昇進披露興行千秋楽に行きました。
江戸曲独楽 三増紋之助/「金明竹」鈴々舎美馬/「権兵衛狸」入船亭扇辰/漫才 すず風にゃん子・金魚/「目薬」春風亭小朝/「一眼国」林家正蔵/ものまね 江戸家猫八/「野ざらし」春風亭一朝/中入り/口上/浮世節 立花家橘之助/「愛宕山 梅花の誉れ」桂二葉/「遥かなるたぬきうどん」林家彦いち/紙切り 林家楽一/「子別れ」春風亭一花
口上。いちか先生のアナウンスで幕が上がり、太鼓を小朝師匠、笛を一朝師匠、柝を正蔵師匠、扇辰師匠の「トザイ、トーザイ」という千秋楽ならではの特別な演出!
司会は彦いち師匠。童顔の39歳。子どもの頃は漫才が好きで人前でやっていたが、「憧れは染之助・染太郎」だったと意味不明の答えが返ってきたとか。芸は間違いない、人柄が良い、来年には落語協会会長になる…と言うと、正蔵師匠が立ち上がって抗議する茶番も(笑)。
扇辰師匠。10日間連続で雨が降り、しかも初日は台風という歴史的な記録を残した興行だった。でも、花を咲かせるためには水が必要で、それで神様は雨を降らせたのではないか、と。これから大輪の花を咲かせるに違いないが、銀座のクラブにあるような派手な花ではなく、野に咲く小さな可憐な花というところに魅力があると賞賛した。
小朝師匠。教えてもらっている観相学で一花の人相を分析したのが可笑しかった。耳はふっくらとしていて、よく福耳は金運があると言われるが、そうではなくて、人徳があって人に愛される耳。唇は上は人を愛する気持ち、下は愛されたいという気持ちを表すが、一花はそのバランスが良い。鼻頭がグッと出ているのは生命力の強さを表す。目は本物を見透かす目をしている。眉は柳眉で、敵を作らない。前髪で額を隠しているが、これは頭の回転の良さ、勘の鋭さを隠している。これからは一花の前髪に注目して、これが1センチでも上に上がったら、「いよいよ本気を出した」というサインですから、見逃さないように。アイデアが豊かで、行動力のある一花はこれから益々進化することを示唆した。
一朝師匠。一花は私に入門志願をするために、末広亭で出待ちをしていた。野田のあたりから出てきたような素朴な普段着だった。「急いでいるので、ごめんなさい」と言って逃げた。翌日も同様に出待ちしていた。今度はリクルートスーツで、「昨日は失礼しました。どうか取ってください」と頼む。生まれを訊いたら、浅草橋。「俺より江戸っ子じゃないか」と思い、その気っ風の良さを見込んで弟子入りを認めた。彼女の活躍を師匠の薫陶のお陰ですねとよく言われるが、私は何もしていない。当人の努力と精進で運を掴んだんです。これからも驕らずに、生涯修業のつもりで精進してほしいと願った。
橘之助師匠の高座で往年の名人の出囃子を演奏した。この興行で何度か太鼓の前座さんを呼び込むと、何と一花師匠が登場して太鼓を叩くというサプライズがあり、客席は沸いた。きょうも志ん朝師匠の老松を演奏する段で、いつものように「前座さん!」と袖に声を掛けると、何と!一朝師匠が登場したのだった!「私の方が緊張する~」と言いながら、一朝師匠の太鼓で老松と、「イッチョウだから」と言って志ん生師匠の一丁入りを演奏。千秋楽ならではのサプライズ。橘之助師匠が「勘弁してよ~」と高座を下がるのが可笑しかった。
一花師匠の「子別れ」。十歳の息子・亀ちゃんの健気さの表現が一花師匠は実に素晴らしく、素敵な一席に仕上がった。お前の父さんは職人としての腕は立ったが文盲のために出世できなかったからと言われ、学校へ行って勉強していると言うところ。動物園で観た動物を言ったときに、母親に「熊はお父さんの名前だから呼び捨てはやめなさい」と言われた、「まだ未練があるぞ」と言うところ。母親から馴れ初めを聞かされ、「買ってやった半衿や前掛けが効いたな」と熊五郎をからかうところ。子どもの素直で無邪気でちょっと悪戯っぽいところが良く出ている。
熊五郎が女郎を追い出し、酒をやめて一生懸命働いていると聞いて、「独りかい?寂しくないかい?家はすぐそこなんだ。おいでよ」と亀が言うところ。50銭の小遣いを貰い、嬉しそうに「鉛筆を買ってもいいか?いつもはよそから使いかけを貰っているんだ。芯のあるうちは使えると言われて。新品の鉛筆が買える!」と喜ぶところ。亀ちゃんの健気なところが胸に迫る。
額の傷の件はユーモアを交えた。鈴本の坊ちゃんに独楽をぶつけられ、血が出た。母親は「男親がいないからと馬鹿にして」と怒ったが、相手が鈴本の坊ちゃんと聞いて、「痛いだろうけど、我慢しなさい。鈴本さんにはいっぱい仕事を貰っている。仕事がなくなると、母子二人が路頭に迷う」。鈴本さん…、熊五郎と亀吉が二人して泣いちゃうところに洒落を挟んで、湿っぽくしない工夫だ。
50銭を母親に見つかり、「誰から貰ったんだい?盗ったんじゃないのか?」と疑われても、亀吉は父親から貰ったとなかなか口を割らない件。それは「男と男の約束」をしたというのもあるだろうが、父親に会ったことを報告することに対し、母親に遠慮する亀吉の忖度があったのではないかと思えた。それが母親が熊五郎の玄翁を持ち出して、「これで叩くというのは、おっかさんが怒っているんじゃない。お父っつぁんが怒っているということだよ」と言ったときに、それまでの我慢が一気に噴き出し、大泣きしながら「お父っつぁんから貰ったんだ!」という表現に繋がるのではないか。
鰻屋での元夫婦の再会も素敵だ。「昨日はお小遣いを頂き、きょうは鰻をご馳走になると言うので、どちらの方かと訊いても、よそのおじさんとしか言わないものですから。それじゃあ、お目にかかって御礼をしようと伺いました。お前さんだったんですね」。元女房は亀吉を裏切らないように言葉選びを慎重にしているのがとても良い。
これに対し、熊五郎も三年前に叩き出したという不義理を踏まえて、慎重に元女房に頭を下げる。「悪かった。この通りだ。お前には礼を言わなくちゃいけない。女手ひとつで、ここまでこいつを育てたのは容易じゃなかったろう。俺の口から言えた義理じゃないが、こいつのことを思って、これまでのことは水に流して、また一緒に暮らせないか」。
元女房もこの言葉を待っていた。昔の恨みつらみは忘れて、「嬉しいじゃないか」と素直に復縁を望む。親子三人がまた元の鞘に収まることになるハッピーエンドに心がほっこりした。

