笑二の大ネタ 立川笑二「乳房榎」通し

「笑二の大ネタ~立川笑二独演会」に行きました。「乳房榎」通し。笑二さんのアレンジの素晴らしさに、ただただ感嘆するばかりだ。

菱川重信は弟子を取らない主義の人だった。自分も誰かに師事したことはないし、そもそも絵は人から教わるものではない、型などなくて良い、心ある絵が人の心を動かす、人に教わろうなんて甘えでしかない。そういう考えを持っている名人だったという設定だ。だが、磯貝浪江は断られても、断られても、毎日通った。門の前で二十日も座り込み。重信は「迷惑だ。仕事の邪魔になる。そもそも、侍が趣味で絵を習いたいという考えが気にくわない。刀を捨てろ」と言った。すると、浪江は翌日に本当に浪人になって弟子入り志願に来た。重信は根負けして、弟子入りを許す。

浪江は気働きが出来て、一か月で重信の信用を得る。重信に南蔵院の天井絵の仕事の依頼が入り、下男の正助と二人の住み込みで仕事に掛かる。柳島の自宅は妻おきせ、息子の真与太郎、下女のお花だけになってしまう。そこで信頼のおける浪江に留守を任せることにした。そこに間違いがあった。

真夜中、浪江はおきせと真与太郎の寝る部屋に忍び入り、おきせを口説く。最初から絵などに興味はなく、梅若の縁日のときに一目惚れしたこの女を自分のものにしたいと近寄ったのだった。拒むおきせに、「たった一晩でいい。望みを叶えてくれ」と迫るが、おきせはにべもない。すると、刀を抜き、真与太郎の命が惜しくないのかと脅す。おきせはとうとう、「一度だけ」と体を許す。しかし、一度だけで済むわけがない。毎晩、浪江が迫る。この関係を下女のお花に知られてはいけないと思い、お花に暇を出す。それがいけなかった。人目を気にしなくて良くなったと浪江は図に乗った。

ここで他の演者と笑二さんが違うのは、おきせから浪江を求めることはなく、早く南蔵院の仕事が終わって重信が帰ってきてくれないかと待ち続けたことだ。体の操は守れなかったが、心の操は守り続けていたのだ。重信が邪魔になったのは、浪江だけだったということだ。

浪江が南蔵院を訪ねて、正助を笹屋という料理屋に連れ出した。浪江は重信殺害計画を正助に明かし、脅して協力を求めるようなことはしない。魚の照り焼きの折詰と「上等の酒」を正助に渡し、重信を落合の螢狩りに誘うように頼む。その際に「重信先生は絵のことで頭がいっぱいで、私のことを邪険に扱う」とおきせが嘆き、愚痴を聞いているうちに男女の仲になった、離縁してくれるように頼みたいので、落合の田島橋のところで待っているというやり口だ。

田島橋で正助に勧められて、重信は「上等の酒」を飲む。だが、その酒には毒を盛ってあった。心地良く酔って、正助に感謝の言葉を述べる重信が突然、何も言わずに倒れた。そこに浪江が現れ、「もう先生は助からない。楽にしてやろう」と首を刎ねる。そして、浪江は罪を正助になすりつけ、「お前は主人殺しの死罪だぞ」と脅し、それが嫌なら寺に戻って「先生が賊に襲われた」と言いに行けと命じる。

正助が南蔵院に戻ると、先生は本堂で絵の仕上げをしていると言われる。障子に穴を開けて覗くと、首から上がない男の後ろ姿が…。失神する正助。天井絵は雄龍と雌龍に目の玉が入り完成し、重信の落款が押してあった。そして、寺男たちが落合に駆け付けると、無数の螢が群がる下に重信の亡き骸があった。これを知ったおきせは卒倒し、何日も目を瞑ったままで床に横になったままだ。

浪江は「これで私の女になったはずなのに」と思うが、きっと真与太郎が邪魔なのだろうと考え、殺そうとする。すると、正助が四谷十二社の滝に放り込めば良い、おらに任せろと言って真与太郎を抱いて出掛ける。「向こうには先生がいる。おっかさんも直に行く。先に行って待っていてくれ。後はおらが仇討してやる」。そう言って、真与太郎を滝壺に落としたとき…。

眠っていたおきせが突然起き出し、浪江に向かって「重信様、お帰りなさいませ。心から待っていました」と言う。そして、「私は浪江の慰みものになってしまいました。どうぞ、私を殺してください。何の未練もありません。望みを叶えてください」。浪江は必死に「重信はそんなにいい男だったのか。浪江はそんなに酷い男だったのか」と訊く。おきせは「私があなたを縁日に誘ったのが間違いでした。あのとき、私は浪江に見初められたのです。どうか、真与太郎をよろしくお願いします」。

正助が柳島に戻ると、血で真っ赤に染まった布団の上におきせが倒れている。重信の霊が乗り移った浪江が「わしは知らなかった。おきせが浪江の慰みものになっていたとは…。真与太郎を頼むとだけ言われた」。正助が戸惑っていると、重信の霊は「主の顔も忘れたのか。あの子を育てなければならない。どこにいる?死んだ?浪江を許すわけにはいかない。必ず殺さなくては」。すると、正助が「浪江は既に死んでいます」。基である三遊亭圓朝作品とは違った怖ろしい怪談に仕上げた笑二さんの手腕に感服した。