SWAクリエイティブツアー「ねずみ」外伝、そして桃月庵白酒 夜長月のドドンパ「転失気」通し

SWAクリエイティブツアーに行きました。今回は古典落語「ねずみ」の外伝を各々が創作するという趣向で、大変に面白かった。
三遊亭白鳥「ねずみの事」。甚五郎は鼠屋のために、鼠の彫物を彫ろうとするが、「鼠の了見」が判らずに難渋する。人間に嫌われ、逃げ回る鼠の了見…。そこに親切な生駒屋が現れ、昔物置だった頃から仕切っている鼠のチュー太郎親分がいるので、助けてもらえばいいとアドバイスする。そして、チュー太郎に鼠の国に連れていかれ、「鼠は毎日冒険をして楽しんでいるんだ」と教えてもらう。やがて、松の幹に魂の宿った鼠、ミッキーマッチュを彫り上げ、これが大評判となったという…。
春風亭昇太「お紺の事」。親切な生駒屋はお紺に「落語の世界では、お前は大変な悪女になっているぞ」と教える。お紺は父に早逝され、母が女手一つで育ててくれ、十二歳のときから奉公に出て働き詰めに働き、虎屋の女中頭にまで昇り詰めた苦労人。逆に先妻の息子である卯之吉は実はずる賢い奴で、甚五郎から預かった布団の損料や酒代は全て自分の小遣いにしてしまう。
卯兵衛が腰が立たなくなったのも、階段から落下するときに腰を押したのが卯之吉だった。お紺に弁当をいくつも作らせ、それを旅人に売って稼ぎ、その儲けを持って、岡場所に遊びに行くというませたガキだった。その岡場所の遊女お蝶とSMプレイをした結果、背中に鞭で打たれた傷や蝋燭を垂らされた火傷が出来ていた…それがお紺の継子苛めと思われてしまったのだ。印形を盗んだのも卯之吉で、「虎屋を丑蔵に譲り渡すものなり」という証文を偽造していた。丑蔵もお紺も卯之吉に操られていたという真相が可笑しい。
柳家喬太郎「飯田丹下の事」。甚五郎と丹下が呼び出され、徳川家康の御霊を祀る東照宮に猫の彫物を彫って欲しいと依頼される。二人が各々10匹ずつ彫って、一番良い出来のものを採用するとのこと。期間は一カ月と定められたが、丹下が着々と拵える一方で、甚五郎は一匹もまともなモノが彫れない。
そして、一か月後。自信に満ちた丹下に対し、「やっと一匹」と言う甚五郎。しかも、納得がいかずに目を彫っていないままだという。この一か月の間に、日光の鼠の数が急激に減ったと居酒屋から聞いた役人が、鼠を咥えた猫を見つけ、尻尾を掴むと、千切れてしまった。しかも、血が出ていない。切り口が木目になっている。
甚五郎の彫った9匹の猫が鼠を退治していたのだった。魂が宿るとは、まさにこのことか。丹下は同じ職人として負けを認める。甚五郎の最後の一匹に目を彫ってしまうと、また命が宿り逃げ出してしまう。そこで、「眠らせましょう」ということになって、この猫を東照宮に飾ることにした。眠り猫の由来として興味深かった。
林家彦いち「生駒屋の事」。爺さんの代から親切を旨としてきた生駒屋。家訓は「親切は考えるな、感じろ」。お紺に落語の世界では評判が良くないようだと教えてあげたのも生駒屋。卯兵衛と卯之吉に三度の食事の世話をしてやったのも生駒屋。甚五郎に鼠の親分のチュー太郎の存在を教えてあげたのも生駒屋。その親切の見返りとして、生駒屋の井戸の跡から湯が湧き出す。実はこれが温泉だったという…。鼠屋も繁盛したが、生駒屋も繁盛したという噺に。
「桃月庵白酒 夜長月のドドンパ」に行きました。「転失気」(通し)と「明烏」の二席。ゲストは立川志の春師匠で「お父さんの約束」と「ドーナッツ屋」、開口一番は桃月庵ぼんぼりさんで「饅頭こわい」だった。
「転失気」通しは、従来の転失気の続きを創作して付けたもの。珍念が「転失気とはお盃のこと」と言って、知ったかぶりの和尚の鼻をあかしてやった。それが評判を呼び、珍念はあちこちで法話をしてほしいという依頼が舞い込むまでに出世するという…。持論は「人生はおなら。不平不満を心に溜めこむのは良くない。吐き出しなさい。心にいつも転失気を」。
そのうち、“一休禅師の再来”と呼ばれるようになり、珍念はすっかりその気になって、酒池肉林を楽しむようになる。この橋渡るべからずとか、屏風の虎を退治するとか、一休禅師の逸話の真似をするようになる。この様子を見た和尚は「己と向き合え。人々はお前のことを忌み嫌っている。僧侶は人の役に立たなくてはいけない」と諭す…。いわば、「転失気」アフターが面白かった。


