べしらのてんこ 春風亭百栄「大工調べ」、そして春風亭一之輔独演会 桂佐ん吉「火事場盗人」

「べしらのてんこ~春風亭百栄古典勉強会」に行きました。「大工調べ」「桃太郎」「岸柳島」の三席。ゲストは漫才の青いママチャリさんだった。
「大工調べ」。与太郎が棟梁から貸してもらった一両二分を持って大家のところへ行ったとき、大家が「差し金がいるな」と言うと、与太郎が「差し金だったら、道具箱の中にある」と言って、一瞬これで高座が終わるかのようなフェイントをかけたのが可笑しかった。隣のお客さんは思わず、拍手していたよ。
棟梁の啖呵で、今の大家がこの町内に乞食同様に迷い込んできたときの件、途中「ワンレン、ボディコン」というフレーズが入って、「マザコン調べ」のエッセンスをちょっぴり挟んだのが可笑しかった。「細く短く命を繋いで」というフレーズを入れるのを失念したのに、「言うのを忘れていたけど、それを言うなら太く短くだろう」と大家に突っ込まれるのも面白かった。
与太郎も毒付けと言われ、「リンゴと蜂蜜をとろりと溶かして」というフレーズ入っていたのがオリジナルで愉しい。ハウスバーモンドカレーかよ!秀樹、感激!(笑)
「桃太郎」。「昔々あるところに」に対し、息子が「どこ!?」と問い詰めると、父親が「虹の向こうだよ!」。オーバー・ザ・レインボウじゃない!と乗りツッコミをした後、俺は天地真理が好きだけどな。それは「虹をわたって」だね!
「岸柳島」。侍が煙管の雁首を落としたのを見て、屑屋が「吸い口を払下げ致します」と申し出るところ。屑屋…今はない商売ですが、しいて言えば廃品回収業者、リサイクル業者でしょうかと断って、「フィリピン産のTシャツに、薄汚れたスニーカー、膝に穴の空いたチノパン…」と身なりまで現代風に表現するところが可笑しかった。
鈴本余一会「春風亭一之輔独演会」に行きました。「のめる」「ちりとてちん」「万両婿」の三席。開口一番は春風亭いっ世さんで「転失気」、ゲストは桂佐ん吉師匠で「火事場盗人」だった。
佐ん吉師匠の「火事場盗人」、とても良い噺だなあ。落語作家の小佐田定雄先生の作品。京都新京極の誓願寺にある迷子道標(みちしるべ)が結ぶ元盗人善六と橘屋佐兵衛の最終盤のやりとりに涙が溢れた。
火事になった小間物屋の橘屋に盗人として入った善六は、ひょんなことから佐兵衛が赤ん坊のおはなを助けるために一時的にしまった葛籠を奉公人の喜助と間違われて預かってしまった。善六は一旦、自分の家に背負って帰るが、女房のお松に親御さんを探すように言われ、京都中を十日も探すが見つからない。そのうち、お松はこの赤ん坊に情が移り、「自分たちの子にして育てたい」と言い出し、おひなという名前を付けた。葛籠に雛人形と一緒に入っていたからだ。京都から堺に宿替えして我が子同然に育てた。
十八年後。お松が亡くなり、善六とおひなは京都に墓参りに行く。善六は盗人から足を洗い、大工の親方になっていた。弟子の竹とおひなが来月結婚することになり、その報告に来たのだ。誓願寺の迷子道標は「探す人」と「教える人」を結ぶ情報交換の場のようなところ。そこに熱心に毎日訪れていたのが、橘屋佐兵衛だった。
偶然出会った善六に佐兵衛は身の上話をする。火事になったときに、仏壇に置いてあった判子を取りに行ったばっかりに、大事な娘を失ってしまったこと。その後、男の子と女の子に恵まれて、女房のおきぬは気丈に振る舞っていたこと。だが、佐兵衛はおはなのことが忘れられず、未練があったこと。やがて、女房おきぬが亡くなったが、実はおきぬはこの誓願寺の迷子道標に熱心に通っていたこと。おきぬも辛かったのだと知って以来、佐兵衛が誓願寺に日参するようになったこと…。
この話を聞いて、善六は葛籠を預かった火事場泥棒はこの自分だと打ち明け、娘おひなをお返しすると進言する。だが、佐兵衛は「今更親だと名乗ったら、あの娘が困るだろう。これも亡くなったおかみさん同士の引き合わせ。雛人形が守り神になってくれたのだ。こうして無事で幸せであることが判っただけで十分。笑い話にしましょう」と言う台詞が泣かせる。
おひなも実は二人の話を陰で聞いていて、そのことは十分理解した上で「両親がお世話になったそうで、ありがとうございます」と佐兵衛に挨拶し、何も知らないふりをするのが気丈だ。佐兵衛が「おはな、幸せになるんだよ。これで、おきぬも喜んでくれるだろう」と誰もいなくなってから言う。すると、再びおひなが現れ、佐兵衛が結婚祝いにと買ってくれた簪を挿して見せ、「おおきに、お父ちゃん!」と言って去っていく…。胸が熱くなった。


