こまつ座「頭痛肩こり樋口一葉」、そして柳家の一族 柳家坂の喬太郎括りの家 柳家喬太郎「蕎麦屋の風鈴」

こまつ座公演「頭痛肩こり樋口一葉」を観ました。

樋口一葉(本名夏子)は相当な苦労人だ。小学高等科第四級を首席で卒業し、高等女学校への進学を望むも、家庭の事情により断念。長兄が亡くなったため、15歳で父・則義を後見人として家督を相続し、戸主となる。翌年に父が亡くなり、夏子は家計を支える責任を担う。裁縫や洗い張りなどの内職をおこなうが、19歳で生活を支えるために半井桃水に指導を受けながら、本格的に小説を書き始める。20歳で処女作「闇桜」を雑誌「武蔵野」に発表。以降、「大つごもり」「たけくらべ」「にごりえ」など代表作を次々と発表し、森鷗外や幸田露伴らに高く評価されるが、24歳で肺結核のため逝去した。この芝居では明治23年の夏子19歳のときの盂蘭盆から明治31年の母・多喜の新盆までを描いている。

「伝説の出版社 博文館」の著者・堀啓子さんはプログラムの中のこまつ座代表・井上麻矢さんとの対談で以下のように語っている。

10代半ばで戸主になり経済的にも困窮したことは気苦労の連続だったのでしょう。ただその過酷な運命こそが、一葉にしなやかにしたたかに生き抜く術を与え、それが彼女の作家人生を名実ともに彩ったのだと思います。象徴的なのは明治26年の日記に見える、一つのエピソードです。知人にご不幸があり、お弔いに行こうとするのですが、今日明日のことにも困っていてお香典が包めず、戸主としての不甲斐なさをご家族から責められてしまいます。

この時一葉が詠んだのが「我こそはだるま大師になりにけれ とぶらはんにも足なしにして」という一首です。面壁九年という苦行の末に足を悪くされた達磨大師と、「おあし(お金)がない」自分を語呂合わせで繋いだのでしょう。そこから達磨大師が葦の一葉に乗って中国の揚子江を下ったという故事にちなみ、自分のペンネームを「一葉」とした、伝えられています。以上、抜粋。

演出の栗山民也さんもプログラムでこう書いている。

毎日の生活、家族との軋み、作家である自分との闘いなど、一葉は生活のため生活者である自分と向き合わねばならなかった。そして彼女の目の前に映った苦界に生きる女たち、その生々しい現実を見つめねばならなかった。そして、その背後には決まって男たちの黒い影が見えた。それは江戸から明治という大きな移り変わりの時代で、維新や開化などと欧米の制度や文化に浮かれた政府に対し、フツーの人々の閉塞した日常がそこに確かにあったことを、一葉の記録は残す。(中略)

この台本の中には、運命に翻弄されながら、転び、立ち上がり、迷いながらも少しでも前に進もうと必死な人たちの姿が描かれている。もうしばらくは、そんな愚かで愛おしい一生懸命な人々と共に過ごしていきたいと願う。この地球の上に起こる幸も不幸もともに、しっかりとした視線で見つめることを忘れてはならないと思う。以上、抜粋。

演劇の可能性に命を懸けた井上ひさし先生はきっとその覚悟を、筆の力で生き抜いた樋口一葉に重ねたのだろう。こまつ座旗揚げ公演でこの「頭痛肩こり樋口一葉」を書き下ろし、何度も再演を重ねている理由がそこにあるような気がした。

「柳家の一族最終回 柳家坂の喬太郎括りの家」に行きました。

「饅頭こわい」柳亭市助/「ハワイの雪」柳家小太郎/「母恋いくらげ」鈴々舎美馬/中入り/漫談 寒空はだか/「蕎麦屋の風鈴」柳家喬太郎

喬太郎師匠の「蕎麦屋の風鈴」。「時そば」という噺にこめた自身の思いの丈と、この「柳家の一族」シリーズにおけるプレッシャーを見事に創作に昇華した高座だと思った。

「時そば」途中、世辞の良い客が目を離した隙に、瞬時のうちに蕎麦屋「当たり屋」主人の生首が灯籠の下に風鈴のように吊るされ、短冊には「親馬鹿チャンリン、蕎麦屋の風鈴」と書かれていた。一体、蕎麦屋を殺した犯人は誰なのか?その客や一部始終を目撃していた男から聞き取りをしたが、判らない。

20年後。また同じような殺人事件が起きた。蕎麦を食べていた客、一部始終を見ていた男、そして殺された蕎麦屋が20年前と同一人物だ。違うのは、客が蕎麦を食べる前に「的に矢が当たっている」と言ったところで、もう生首が吊るされていたこと、短冊に書かれていたのが「父来たり母いそいそと子ら二人心まろやかに眠るなりけり」という歌だったことくらいだ。

探偵がこの時空を超えた犯罪に、「犯人はあなたですね!柳家喬太郎さん!」。「1回目のときは2026年8月12日、有楽町朝日ホールでしたよね」。そして、2回目は20年後の80歳を超えた喬太郎師匠の高座。喬太郎師匠は作品世界の中で蕎麦屋主人を無意識に殺してしまったのだと断定する。

要因は二つある。一つは「時そば」という噺に起因する。五代目小さんの十八番で、柳家の噺と言われるネタ。喬太郎師匠も師匠さん喬から習い、演じていた。だが、マクラで振っていたコロッケそばにされるコロッケの気持ちの擬人化がユニークで面白いと評判になり、動画がネットにもアップされ、タイトルも「コロッケそば」と書かれていた。本人は「時そば」を演じているのに、いつしかお客さんは「コロッケそば」と呼ぶようになってしまった。あくまで「時そば」を演じるマクラとしてコロッケそばを話題にしているだけなのに…という忸怩たる思いが喬太郎師匠にあったということ。

もう一つは「柳家の一族」シリーズのネタおろしのプレッシャー。2024年「柳家の一族」、25年「一門島」、そして26年「柳家坂の喬太郎括りの家」。この3回目で最終回のように言われているが、実は幻の第一回があった。2017年、成城ホールで開催された「柳家の一族」で、このときに喬太郎師匠は「本当は怖い松竹梅」を演じ、ネタおろしではなかった。だが、24年からのシリーズではプロデューサーである橘蓮二さんから「この会一度きりのネタおろし」を毎回求められ、プレッシャーに押し潰されそうになったこと。

これらの理由で、「噺の中の人物を二人殺してしまった」のだ。探偵は優しく喬太郎師匠に言う。「今日の方が明日よりも若い。落語を喋ればいいんだ。喋り続けることが、禊になる。作者は作品を作ったからと言って、登場人物にとって神ではない。作者と登場人物は一緒に生きているのです」。そう言って、出囃子まかしょが鳴る中、探偵は喬太郎師匠を高座に送った。とても深い創作だった。