KERA CROSS「シャープさんフラットさん」、そして立川寸志 十八番を仕込む会「明烏」「黄金餅」

KERA CROSS「シャープさんフラットさん」を観ました。作:ケラリーノ・サンドロヴィッチ、演出:マギー。
「ある種の笑い」に取り憑かれた男=辻煙と彼を巡る人々を描いた奇妙な重喜劇「シャープさんフラットさん」は、ナイロン100℃の結成15周年記念公演として、2008年9月から10月に、多くの客演を迎え、三宅弘城と大倉孝二以外はオールダブルキャストの2チーム体制で、東京本多劇場のみで上演された。僕は残念ながら観ていない。当時のプレスリリースで、KERAさんは「半自伝劇」と謳ったそうである。パンフレットの中でKERAさんはこう書いている。
ナイロン100℃の前身の「劇団健康」時代(1985~1992)、私の書く台本はナンセンス・コメディ一筋であった。理由はここで詳しく書くことはしない。芝居を観て頂ければ、ある程度理解してもらえるのではないか。「ナンセンス一筋」はヤバいのである。そりゃもう、今思えば稚拙な代物だったけれど、必死だったのは間違いない。このままでは気が狂うと思い、ナイロンになってからは様々なタイプの作品への逃避を許すようになった。本作は「もしもあの頃、あのままナンセンスのみを書き続けていたら、自分はどうなっていたか?」。そんんな想像を転がしながら書いた。「シャープさんフラットさん」という戯曲、斯様に極めてパーソナルな作品なのであります。以上、抜粋。
終演後に、このパンフレットに書かれたKERAさんの「『シャープさんフラットさん』について」を読んで、物凄く合点がいった。そして、KERAさんは付け加えるように「この芝居で最も好きなシーンの一つ」として挙げた場面は僕の心にズン!と突き刺さった場面だった。
劇の終盤近くに、ケムリのみる夢の中に、彼が書いてきた舞台の登場人物たちが登場し、己の至らなさを次々と謝罪する、という場面がある。ケムリは彼らを愛おしみながら懸命に「君らのせいではない、力足らずだったのは俺だ」と謝罪し返す。こうした夢をみたのも実際にあったことで、それも一度や二度ではない。当時は度々みており、夢の中で「またあれか」と思うも、目が覚めた時には必ず号泣していた。以上、抜粋。
これを読んで、僕の胸がキュンと苦しくなった。KERAさんと較べるのも恥ずかしいが、僕も20代30代のときに作った番組が夢の中で蘇り、苦しい思いをすることが今でもあるからだ。
演出のマギーさんがパンフレットで「新たなるバケモノを世に放つ」と題し、こう書いている。
主人公の辻煙は「こうしか生きられない」人間だ。煙だけではない。登場人物たちは皆、周囲と少しズレながら「こうしか生きられない」人たち。けど、世の中みんな彼らと同じ側の人間なのではないだろうか。(中略)この作品は決して特別な人たちを描いた話ではない。誰もがみんな周囲からちょっとズレたり、必死にズレないようにしたりしながら、「こうしか生きられない」自分と折り合いをつけたり、変わろうともがいたり、そんなこんなを繰り返して生きている。以上、抜粋。
「世の中の常識」と言われる物差しに対し、自分はズレているのか、ズレていることが個性なのか、でも周囲はそのズレを矯正することを求めているのか、それを矯正することが正解なのか、はたまた抵抗することが正解なのか。僕もまた格闘しながら生きている。
「立川寸志 十八番を仕込む会」に行きました。「野ざらし」「明烏」「黄金餅」の三席。前座は立川談声さんで「たらちね」だった。
「明烏」。御利益があると評判のお稲荷様に、源兵衛と太助に誘われて「お籠り」をすることになった時次郎。父親は「書物には書いていない世の中の裏表を知ってもらいたい」という親心ゆえ、時次郎を吉原に送り出すのだが…。
勘の鈍い時次郎はなかなかここが吉原遊郭だと判らなかったが、とうとう花魁の姿を見て、「書物で見たことがある」と吉原に来てしまったことに気づく。そのときの「世の中の泥沼、底の底に来てしまった」という台詞が大人げない。浦里花魁の部屋へめそめそしている時次郎を送り込もうとするおばさんに対し、「汚らわしい!こんなところで働いて、幸せですか?あなたはおそらく母と同い年くらい。恥ずかしくないのですか。二宮金次郎という人は…。こんなところにいたら瘡をかきます!助けて!おっかさーん!」。場の空気を読む。これが社会人としてまず最初に学ぶべきことだろう。
「黄金餅」。往来に落ちていた〆鯖を食べて患ってしまった西念は蓄財した金に気が残って死ねない。あんころ餅の餡だけ食べて、餅に一分金、二分金を包んで呑み込むというのは、尋常ではない。とどのつまり、餅が喉に詰まって死んでしまうのだから、元も子もないというのはこういうことを言うのだろう。
狂気という意味では、この西念のお腹にある金子を我が物にしようと考える金兵衛も尋常ではない。大家や店子たちを言いくるめて、麻布の木蓮寺で弔いを出し、焼き場の切手を手に入れると、長屋連中を追い払う。そして、一人で棺桶代用の菜漬け樽を背負って焼き場に行って、「腹のあたりは生焼けにしてくれ」と注文を出す。「金さえあれば、鰻が食える、芝居も観たい、そして何よりあんな汚い長屋を出ることができる…」。金兵衛の本音が生々しい。そして、翌朝に焼き上がった西念の死骸から鯵切庖丁を使って必死に金子だけを拾い上げる金兵衛…。最下層の貧民窟の悲哀と欲望が渦巻いていた。

