喬太郎・文蔵二人会 柳家喬太郎「偽甚五郎」橘家文蔵「子は鎹」

新宿末廣亭余一会「喬太郎・文蔵二人会」に行きました。
「転失気」春風亭らいち/「悋気の火の玉」橘家文吾/「ちりとてちん」橘家文蔵/「偽甚五郎」柳家喬太郎/「山内一豊と千代」田辺いちか/中入り/対談 喬太郎・文蔵/「侵略指南」柳家喬太郎/漫談 ナオユキ/「子は鎹」橘家文蔵
喬太郎師匠の「偽甚五郎」。本物の甚五郎が最後に偽甚五郎に言う台詞が印象的である。「お前さんには十分な腕がある。だが、お前さんの中に魂が宿っていなかった。これから自分の本当の名前で一生懸命仕事すれば、私を超えられる。修行をしなさい」。現代のクリエーターにも当てはまることではないか。
甚五郎を騙っていた実は伝吉という大工が仕上がり直前の木彫りの鯉を見せたとき、甚助と名乗っていた本物の甚五郎は「この鯉は死んでいる」とけちをつけた。そして、五日の猶予を貰って甚助は鯉を精魂こめて彫った。果たして、伝吉の彫った鯉は勢いも良く、眼光も鋭くて素人目には素晴らしい出来。それに対して、甚助の彫った鯉は痩せ細って、干からびた鯛焼きのよう、見劣りのするものだった。
だが、甚助は「鯉は畳の上にいるものではない。水の中にいるものだ」と言って、金盥に水を張って持って来させ、鯉の彫物を中に入れる。すると偽甚五郎の彫った鯉は水の上でプカプカと死んだように浮くだけだ。だが、甚助こと甚五郎の彫った鯉は今にも飛び跳ねそうな勢いで泳ぎ廻る。水を得て初めて鯉は生きるのだ。それは魂をこめたからだと甚五郎。
なまじ手先が器用なのをいいことに「左甚五郎」を騙ってあちこちを稼ぎ廻っていた伝吉は、甚五郎に「申し訳ございません」と平謝りし、天狗になっていた自分を反省した。そのときに甚五郎が伝吉に掛けた言葉が冒頭に記した台詞であり、甚五郎は咎めたり、責めたりすることなく、寧ろ励ます言葉を掛けたことに価値がある。報酬の100両のうち、半分の50両を伝吉に渡し、「修行しなさい」と送り出す了見に、名人の性根を見たような気がした。
文蔵師匠の「子は鎹」。自分の身勝手で追い出してしまった女房と息子のことを気に掛け、いつかまた関係を修復したいという願望を持ちながらも、「そう易々とは会うわけにいかない。世間が許さない」と自分を戒めている熊五郎の心中は察するに余りある。
小遣いに五十銭を亀吉に渡すと、鉛筆を買うと言う。空を描くのに、空色の色鉛筆がほしいのだと言う亀吉に、「じゃんじゃん、描け!」と嬉しそうな顔をする熊五郎。別れ際に雲ひとつない青空を見上げ、「大きくなったなあ。いい天気だなあ」と感慨に耽るところにリンクするのが印象的だ。
また、額の傷の件。斎藤さんの坊ちゃんにやられたと聞いた母親が「男親がいないからって、馬鹿にしやがって」と言う言葉から一転して、「痛いけれど我慢しなさい…こんなとき、あの飲んだくれでもいてくれれば、案山子にでもなったのに」と言った。そのことを聞いて熊五郎はとても居たたまれない気持ちになっただろう。これに加えて、「斎藤さんの家はどこだ?…母子がお世話になっています。いずれ御礼参りに伺います」と指をポキポキさせるのは、文蔵師匠らしい演出だ。
母子家庭の大変さが痛いほど伝わってくるのは、亀吉が熊五郎から貰った五十銭を見つけ、「誰から貰ったか」口ごもる亀吉を見て、もしや盗んできたのではないかと心配するところだ。「なんてさもしい了見をおこすんだい。三度のものを二度にしたってひもじい思いをさせたことはないつもりだよ。おっかさんは悲しい。二人で頭を下げに行こう」。やはり亭主がいないと、目が届かないところがあるのではないかと不安になりながら育児をしている姿が見えてくる。
だからこそ、亀吉が熊五郎と再会し、しかも酒をやめて、吉原に女も追い出し、了見を入れ替えて独りで稼いでいると聞いたときは、嬉しかったことだろう。本当はいい人だが、酒があの人を駄目にした、酒さえやめれば真人間になると信じていた自分が正しかった。
翌日の鰻屋二階で、熊五郎が「女手ひとつでここまで育てるのは容易ではなかったろう。礼を言う…今さらこんなこと言えた義理じゃないが、この子のために一緒にやり直せないか」と両手をついて頭を下げたとき、元女房は素直に受け入れることができた。「ちっとも変っていない。勝手なことばかり…でも、この子が幸せになれるんだったら、またお願いします」。子は夫婦の鎹である。


