花形演芸会 金原亭馬好「陸奥間違い」林家つる子「中村仲蔵」、そして もちゃ~ん 春風亭百栄「桃太郎後日譚」

花形演芸会に行きました。
「のめる」柳亭市助/「やかん泥」三遊亭萬丸/漫才 ひつじねいり/「野ざらし」立川寸志/「陸奥間違い」金原亭馬好/中入り/「稲荷俥」桂吉弥/太神楽曲芸 丸一小助・小時/「中村仲蔵」林家つる子
馬好師匠の「陸奥間違い」。三十俵一人扶持の貧乏御家人、穴山小左衛門の三十両の無心状を受け取った六十二万石の松平陸奥守、伊達様は「江戸詰め大名数ある中、大名の中の大名」と見こまれたことを大変に名誉に思い、尚且つ「十ではなく千の間違いであろう」と、年三千石を伊達家続く限り提供し続けようという酔狂ともいえる援助がこの噺の妙味だろう。
その過分なる申し出に対し、武士は食わねど高楊枝というのであろうか、穴山は貧乏はしていても、天下の直参旗本である誇りを忘れず、「外様大名の援助」を受けていいかどうか、迷うところが良い。やはり幕府にお伺いを立てなくてはと考え、千代田城に馳せ参じ、指図を受ける。これに対して、「御家人の命哀れ」と思った松平伊豆守の温情も素敵だと思う。
穴山の中間の仙助の無筆で田舎者なところを落語ゆえに滑稽に描き出し、瓢箪から駒的なストーリーが本筋にあるが、元は講談の「三方目出鯛」が浪曲に移植され、さらに落語になったという出自を考えると馬好師匠はこの武士としての誇りの部分を大切にして演じているなあと感心した。
つる子師匠の「中村仲蔵」。仲蔵の女房おきしの内助の功にスポットをあてた筋立てになっているところは、つる子師匠らしい。また、大部屋の役者が「稲荷下」と呼ばれた謂れで伏線を張り、仲蔵が定九郎の役の工夫を思いつくように日参した三囲稲荷を経由して、サゲで仲蔵が師匠に大当たりと褒められたことを「狐につままれたみたいだ」と表現したことにつなげる技巧が光っていた。
仲蔵が名題昇進後初めての役が「忠臣蔵五段目斧定九郎一役」だったことに金井三笑の意趣返しだと憤りを感じていたとき、女房おきしは「良かったね」と言った。それは気休めなんかでなく、本心だと言う。私の父は定九郎のことを「重役の倅なのに山賊姿はおかしい」と言っていた。いつかこの役を生まれ変わらせる役者が現れるかもと言っていた。初代仲蔵がどう演じるのか、楽しみだとお世辞でなく、屈託のない笑顔で亭主に言うのだ。素晴らしい。
果たして、仲蔵は観客および関係者が息を飲み、唸るような定九郎を演じた。しかし、あまりにも出来すぎだったために掛け声が掛からず、仲蔵は「しくじった。芝居に穴を空けた」と勘違いした。そして、帰宅するなり、おきしに「大しくじりをした。俺は上方に修業のし直しをしに行く」と告げる。すると、おきしは「そんなはずはない…」と思いながらも、素直に「行ってらっしゃい。止めやしないよ。また楽しみが増えた。お前さんがどれだけ大きな役者になって帰ってくるか。楽しみだ」と送り出す。よく出来た女房である。
結果的に、仲蔵の新演出は大成功であり、評判が評判を呼んで客が押し寄せ、何日続くかわからない当たり狂言になると言われた。師匠に「俺の弟子からそんな役者が出たことを誇りに思う」と褒められた。それを聞き、おきしは「当たり前だよ。私はずっと稽古しているのを見ていたもん」。「この定九郎は後世に語り継がれる」とおきしに言わせたところも、内助の功を思わせる。つる子師匠の「中村仲蔵」もまた後世に語り継がれるかもしれない。
「もちゃ~ん 春風亭百栄勉強会」に行きました。「生徒の作文」「引越しの夢」「道具や」「桃太郎後日譚」の四席。
「桃太郎後日譚」。鬼退治が終わり、桃太郎とともに帰って来た犬猿雉の三匹の家来が居直るところが最高だ。鶏も食べ残すキビの団子ひとつでどこまでこき使ったら気が済むんだ?と言って、爺さん婆さんに酒肴の催促を何度もするところ。小林多喜二の「蟹工船」なんか屁でもない辛さだったと訴える。
すっかりメンヘラになって納屋に引きこもった桃太郎だが、お婆さんに「お前が出てこないなら、お前を元の桃の中に閉じ込めてドンブラコッコしちゃうよ」と言われ、仕方なく家来三匹の前に出た桃太郎。だが「キビ団子の王子様」呼ばわりされた桃太郎は家来の慇懃無礼な物言いにやりこめられる。
女房子供たちのいる前で、すっかり観念した鬼たちの返り血を浴びながらズタズタに切り刻んだのはどこの誰でしょうね?もし桃太郎の鬼退治が後世におとぎ話として残ったとしても、この部分は全編カットでしょうがね。外国の戦争帰りの兵隊さんたちにはそれ相応の報酬がある。俺たちを生涯面倒見てくれてもおかしくない。
それでも桃太郎は挫けずに、「俺がいるからおとぎ話として残るんだ。お前ら三匹だって、忠義の犬、知恵の猿、勇気の雉として描かれる。桃太郎がいるからこそ、ACのコマーシャルにも取り上げられるんだ」。昔から何の疑問も持たずに伝えられてきたおとぎ話の裏側のブラックな要素に注目した百栄師匠のセンスが大好きだ。


