【アナザーストーリーズ】全身俳優 1992年の大原麗子

NHK―BSで「アナザーストーリーズ 全身俳優 1992年の大原麗子」を観ました。

「すこし愛して、ながーく愛して」。大原麗子というと僕が鮮明に記憶しているのは、このサントリーレッドのCMである。2009年、62歳で早逝した大原は、私は女優でなく俳優だと主張していたという。その意気込みが伝わるドキュメンタリーであった。

終戦直後の1946年、文京区に生まれる。学校の成績はいつもクラス1位で、特に国語が得意で、男勝りな性格の小学生だったという。和菓子職人だった父の政武の昔気質な我儘が許せず、国語教師だった母の俊子は大原を連れて家を出た。小学校6年生のときに学芸会で太宰治の「パンドラの匣」の主役を演じ、俳優を目指した。

1965年、東映と契約。映画「網走番外地」の高倉健の相手役に抜擢され、十九歳の大原は三十四歳の高倉を「おにいちゃん」と呼んだ。「私は本物が好きです。見せかけは許せない人間なんです」。男の刺身のツマ的な演技を好まず、人間のリアルな内面を描くヒューマンドラマを演じたいと願った。それが「私は俳優です」という発言につながる。

1970年代、男性優位の社会に反発し、女性解放を求めたウーマンリブ運動が叫ばれ、女性の多様な生き方が注目された。日本テレビの火曜劇場「いのちの絶唱」で、国広富之演じる教え子と恋に落ちる女教師を演じて評判となった。「幸せかそうでないかは自分で感じるものだと思います」という台詞は当時の女性たちの共感を呼んだ。

手足が麻痺するギランバレー症候群という難病に苦しみ、それを支えていた夫の渡瀬恒彦と離婚。それでも、1980年代は大河ドラマ「獅子の時代」で加藤剛や菅原文太らと共演し、区民的人気を誇った。マネージャーの川上良によれば、フジとTBSを掛け持ちして「朝9時から深夜30時まで」働くハードスケジュールだったという。そこには「男だからとか、女だからとか、という区別はない」という信念があった。

そんなとき、あのCM出演の仕事が舞い込む。「私はお酒は飲まないから」と断ったが、クリエイティブディレクターの藤井達朗から「CMで映画を撮りたい」と、絵コンテを描いた手紙が送られてきた。そこには泣き顔、怒った顔、笑顔…人間の喜怒哀楽が滲み出ていて、「今ここで頑張らないと女がすたる」という思いで引き受けた。演出は市川崑監督だった。

また喧嘩した。私が悪かったと思う。待ちわびて、やっとかかってきた電話に「あら、生きてたの」。あぁ、また。すこし愛して、ながーく愛して。

少年のような表情が女性の心をも捉え、人気を博し、CMは10年続いた。伝説である。新聞が企画した好感度番付ではビートたけしや吉永小百合と並んで横綱にランクされた。だが、その一方で二度目の離婚。孤独を抱えていた。

そんな大原の真価を見せたのが、1992年のドラマ「チロルの挽歌」である。高倉健演じる鉄道会社の技術者・立石がテーマパーク建設という使命を受けて、北海道の小さな町にやって来る。そこには離別した妻静江が菊川という男性と一緒に暮らしている。静江が大原、菊川が杉浦直樹だ。脚本は山田太一。山田は「人々は辛い思いの中で、新しい世界、新しい時代、新しい美意識を受け入れなければならない」と脚本の前書きに書いていた。バブル景気が終焉した頃だ。演出の富澤正幸は「大原さんは人間を演じたい、と猛烈な迫力と熱量で、演技に命懸けでした」と語る。静江の元夫立石に対して「本気で言っている」台詞はすごい。

真面目で、仕事ばっかりで、女は家を守れ、ブスッとして、男らしいのが自慢で、部下にいい顔しちゃって、私のことなんか本気で気にしてくれることあった?お前にできるかと言っていたけど、ここのパートもやったし、ジャガイモ掘りもしたし、ニンジンも掘ったし、お店の大半は私でもっているんだから。立派に繁盛させているんだから。ただふしだらでこんなになったんじゃないから。幸福なんだから。

そして、菊川と三人で話し合いの場をもったときの、静江の熱量溢れる台詞は圧倒的だ。

変わるとか言って、変わってないじゃない。また格好つけているじゃない。そんなの大嫌い。私の本音を言います。この人(菊川)が好きで、この人(立石)も好きです。あっちもこっちもとか言わないで、三人で仲良く暮らせないでしょうか。若いうちは無理だけど、今なら年甲斐でそういうことをやっていけないでしょうか。無茶苦茶でも私の本音です。

このドラマは「高度な大人のファンタジー。テレビ界にとって刺激的な事件」と賞賛され、毎日芸術賞を受賞した。演出の富澤は言う。

演技というか、生きている人間がそこにいる。無我夢中でやっているひとりの女性がいる。自分がかっこいいだろうなんて思っている瞬間はどこにもありゃあしない。生きるってこと自体が演じるということとイコールになっているぐらい激しいわけですよね。

大原が愛した詩がある。ペルー生まれのアメリカの作家カルロス・カスタネダの詩「孤独な鳥の五つの条件」だ。

一つ、孤独な鳥は高く高く飛ぶ。二つ、孤独な鳥は仲間を求めない、同類さえ求めない。三つ、孤独な鳥は嘴を天空に向ける。四つ、孤独な鳥は決して決まった色を持たない。五つ、孤独な鳥は静かに歌う。

2009年8月3日。全身俳優・大原麗子は孤独な死を遂げて、天に召された。だが、その足跡はしっかりと我々の心に刻まれている。