一龍斎貞鏡修羅場勉強会「神崎の詫び証文」、そして兜町かるた亭 一龍斎貞寿「大江戸聖夜」

一龍斎貞鏡修羅場勉強会に行きました。「本能寺」と「赤穂義士銘々伝 神崎の詫び証文」の二席。前講は神田蓮陽さんで「寛永宮本武蔵伝 狼退治」だった。

「神崎の詫び証文」。神崎弥五郎則休が江戸に向かう途中の遠州浜松で立ち寄った酒屋、町田屋での酔漢との出会い。馬方の丑五郎、渾名を馬食らいの丑五郎という男が「帰り馬だから乗らないか」と誘い、「ただでもいい。何なら祝儀を切ってもいい」と勧められるも、神崎は「馬は嫌いだ。行け!」とあしらったのが癇に触れる。

丑五郎が「侍が馬が嫌いで勤めるのか!お前、本当は役者だろう」と挑発するも、神崎は頑なだ。「俺に喧嘩を売るのか?」。ここで諍いを起こして、討ち入り計略が露見しては元も子もない。さらに「詫びろ。詫びた証拠に証文を書け」。神崎は堪忍して、言われるがままに仮名で詫び証文を書く。丑五郎が「かんさけよかろう、のりがやすかろう?」に、「神崎弥五郎則休だ」。神崎に対する無礼極まりない丑五郎の態度にじっと辛抱するのも、すべて「仇討本懐」のためという神崎の一念が伝わってくる。

元禄十五年極月十四日、討ち入り。翌十六年三月二十日に赤穂浪士は切腹となった。浜松で松林堂という手習所を開いている師匠が江戸に行ったときに、この赤穂義士の顛末を見聞きし、浜松に帰ったときに庶民に講釈というスタイルで聞かせたという。そのときに出てきた「神崎弥五郎則休」という名前に反応した丑五郎は、「えらいことをしちまった」と、神崎から貰ったという詫び証文を見せる。

松林堂はこの証文を五両で買い取り、これを路銀にして、丑五郎に高輪泉岳寺に行って墓掃除をして来いと勧める。丑五郎は泉岳寺の住職に事情を話し、許しを得て生涯墓守をし、赤穂義士の忠君愛国を人々に語り継いだという。25分程度のコンパクトなサイズではあったが、神崎の堪忍、そして丑五郎の思慕がよく伝わってきた。

兜町かるた亭に行きました。

「安兵衛婿入り」国本はる乃・広沢美舟/「裸川」広沢菊春・広沢美舟/中入り/「大江戸聖夜(おおえどほりーないと)」一龍斎貞寿

貞寿先生の「大江戸聖夜」。サンタクロースに日本行きを命じられたトナカイのルドルフは人間に化けて江戸を彷徨っていると、小伝馬町で9歳の女の子のおみよと出会う。火消の父親、松蔵が喧嘩をして、牢長屋に入れられているのだという。クリスマスプレゼントに何が欲しいか訊くと、「父ちゃんに会いたい」と言うおみよの願いを叶えてあげたいと思うルドルフの優しさが良い。

グリーンランドに帰って、サンタクロースに相談するが、にべもない。「俺たちは魔法使いじゃない。子供たちには弱い心に打ち克つ強い心を持ってほしい。そのために希望を失わずに努力し、我慢して、真の幸せを掴むようにしてあげないといけない」。尤もな理屈だ。夢というのは努力して掴むもの。頑張っている人間に神様は微笑むものだとサンタクロースは言いたかったのだろう。

明暦の大火が起きる。江戸幕府は囚人を火事から守るために、「お切放し」といって、一旦釈放して、火事が収まったら再び牢に戻るようにするという性善説に基づいた措置を取った。おみよは松蔵が戻って来ると思い、いろは長屋で待っていたが現れない。そこへ再びルドルフがやって来て、一緒に松蔵を待った。「もしや、逃げたのでは…いや、お父ちゃんに限ってそんなことはないはずだ」と信じて。

果たして、松蔵が現れた。ボロボロの火事装束を着ている。何でも真っ赤な衣装の大黒様のような人が、大きな袋から火事道具や装束を出し、「火を消して来い」と命じたので、火消として活躍したのだという。ルドルフは心の中で「サンタクロースも粋な真似をするな」と思った。

松蔵は火消としての働きが認められ、無事に釈放となり、おみよの許に戻ってきた。クリスマスプレゼントの願いは叶ったのだ。希望を持って辛抱することの大切さ。幸せは努力なくしては訪れない。素敵な貞寿先生の新作講談がそれを教えてくれた。