あったまりにおいでよ 橘家文蔵「らくだ」「子は鎹」

上野鈴本演芸場十二月上席夜の部初日に行きました。今席は橘家文蔵師匠が主任を勤め、「あったまりにおいでよ」と題したネタ出し興行だ。①らくだ②飴売り卯助③文七元結④猫の災難⑤竹の水仙⑥寝床⑦休演⑧鼠穴⑨子は鎹⑩芝浜。きょうは「らくだ」だった。
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文蔵師匠の「らくだ」。丁の目の半次が屑屋の久六の笊と秤を預かり、月番、大家、八百屋に遣いに行かせるところ。「八つを頭に五人の子ども、おふくろとカカアと店賃を入れて9人を養わないといけない」と言って、屑屋が拒むのに対して脅す台詞が怖い。「ガキの面、よく拝んでおけ。生きて二、三日だな」とか、「自分で自分のハラワタを見たことあるか。ケツの穴に棒を突っ込んで搔き回してやろうか」。
大家は最初、らくだの死を信じないで、「だるまさんが転んだ?屑屋の符牒か?死なないかなあ。金を積むと人を始末してくれる仕事人がいるらしい。ツテがないか?」と言っていたが、本当に死んだと知って、「嬉しい。天にも昇る気持ちだ。河豚の記念日にしよう!毎年、提灯行列しよう!」とはしゃいでいた。「死人のやり場に困っている。担ぎこんで死人にカンカンノウを踊らせる」と言っても、「見てみたい。余興にぴったりだ。朝から退屈していたんだ」と意に介さない。
だが、実際に丁の目の半次は実行する男だ。屑屋にカンカンノウを歌わせて、らくだを抱えて、手足をボキボキ鳴らしながら、踊らせる。踊らせながら、「煮しめ、出すか」「握り飯も」「折角だから、もうちょっと踊らせろ」。大家夫婦は腰を抜かし、丁の目と屑屋が踊らせながら帰っていくのを見送る。目に見えるようで痛快である。
これに怖れをなした大家のかみさんが持ってきた酒が「いい酒だ。お前も汚れているから清めに飲め」と丁の目が屑屋に酒を勧めるところ。「八つを頭に…」と断ろうとすると、「同じこと何遍も言うと風邪ひくぞ」。そして、「飲めよ、優しく言っているうちに飲めよ」。怖い。都合三杯飲むうちに、屑屋も恐怖を超越して饒舌になる。ここが聴きどころだろう。
いい酒ですね。上等な酒。下戸じゃない。寧ろ、好き。でも昼間から飲むのはいけないと思って。家に帰ってガキが遊んでいるのを見ながら、二合ばかり飲むのが楽しみでね。あなた、いい人でしょ。赤の他人の面倒を見る。なかなか出来るもんじゃない。それも、銭がなくてやっちゃう。大したもんだ。
あっしも元は古道具屋の若旦那だった。如何せん、目が利かない。その挙句にしくじった。人の世話をするのは好きな性分。手を差しのべちゃう。親父に怒られたもんです。てめえの頭の上の蠅も追えないのに、十年早い、儲けを考えろ。尤もだけど、性分だから仕方ない。
長屋の人たちは口は悪いがいい人。口は出すが、銭も出す。それに引き換え、あの大家。見てみたいと言っていたのに、大騒ぎして、結局酒を持ってきた。だったら、ハナから出せ!って、いうんだ。そう思わないかよ。この長屋に出入り出来るのは誰のお陰だ、なんて。かけた情けは水に流し、受けた恩は岩に刻むくらいのことは心得ていらあ。
三杯勧められて飲んだが、「もう一杯もらおうかな」と四杯目を要求する屑屋。丁の目が「大丈夫か」と訊くと、「大丈夫だよ」。そして、らくだの生前の悪さをぶちまける。らくだには酷い目にあった。揃いの丼を買えと言われ、それが長寿庵の丼で、返却に行って蕎麦の代金まで支払わされて、殴られた話。左甚五郎の彫った蛙は触るとペコン!と跳ねて、「魂がこもっているんだ」と言われ、口の中に蛙を入れられて、柱にガンガン頭を叩きつけられた話。
死にゃあ、仏?何が仏だ。地獄へ行くよ。この野郎の耳たぶを食いちぎって、殺してやろうと思ったが、家族8人路頭に迷う。我慢してやったんだよ!丁の目が「偉いな、兄弟!」と言うと、「何が?みくびるんじゃねえぞ!」。もう一杯を要求し、丁の目が「釜の蓋が開かないんじゃないのか」と返すと、「他人の家の財政に踏み入ってほしくない!」。そして、「注げよ、優しく言っているうちに、注げよ!」。完全な立場逆転が鮮やかな高座だった。
上野鈴本演芸場十二月上席夜の部九日目に行きました。今席は橘家文蔵師匠が主任を勤め、「あったまりにおいでよ」と題したネタ出し興行だ。きょうは「子は鎹」だった。
「金明竹」春風亭らいち/「普段の袴」橘家文吾/太神楽 翁家勝丸・丸果実/「B席」古今亭駒治/「てれすこ」むかし家今松/漫才 風藤松原/「茗荷宿」柳家わさび/「桃太郎後日譚」春風亭百栄/中入り/紙切り 林家楽一/「道灌」古今亭文菊/粋曲 柳家小菊/「子は鎹」橘家文蔵
文蔵師匠の「子は鎹」。熊五郎と亀吉の三年ぶりの再会。はにかむ亀に「大きくなったな。達者だったか」と声を掛ける熊は続けて「新しいお父っつぁんは可愛がってくれるか…夜、おっかさんのところに泊まりに来る人」と言うと、亀は「そんな人、いないよ!」。針仕事で生計を立て、女手ひとつで亀を育て、学校にも行かせていると聞いて、「怠けたら承知しないぞ」としか言葉に出ない。熊が感じ入っているのが伝わってくる。
世の中が開けてきた、学がないといけない、お前のお父っつぁんは職人の腕は良かったが、如何せん学がなかった。そう言って母親が亀を学校に行かせていることが素晴らしい。周囲は新しい亭主を持てと世話を焼くが、「この子が不憫だ。亭主は先の飲んだくれで懲り懲りだ」と言っている裏に、まだ熊への愛情がかすかに残っているような気がして嬉しい。
熊が「さぞかし恨んでいるだろう」と言うと、「お父っつぁんは本当はいい人、優しい人なんだ。ただ、酒が入るとだらしなくなる。恨むなら酒を恨みなさい」と母親は言っているという。熊は「もう、ひとったらしも酒は飲んでいない。吉原の女も追い出した」と言って、亀を安心させるところが良い。亀が「独りで寂しいだろう。すぐそこだから、おいでよ」と言うが、そこはけじめというものだ。「そう易々と会うことはできない。世間が許さない。直、わかる日が来るよ」と言ってきかせ、50銭の小遣いを渡す。
無邪気な亀は「これで鉛筆を買ってもいいか」と訊く。土手で絵を描くときに、空色の鉛筆がなくて空が描けないと言ったら。おっかさんに我慢しなさいと言われたという。「ジャンジャン、買え!」。
斎藤さんの坊ちゃんと喧嘩して、額を独楽で叩かれ傷になった件。おっかさんは「誰にやられた?男親がいないと思って!」と言ったが、斎藤さんにはお仕事をいっぱい貰っていることもあり、「痛いだろうが、我慢しなさい。母子二人が路頭に迷うから」。だから、亀は我慢した。「あの飲んだくれでもいたら、少しは案山子の代わりになったのに」と言っていたと聞き、熊は「いてやれなくて、悪かった。よく我慢した」と褒め、「斎藤さんの家はどこだ?…いずれ御礼参りに伺いますよ」と指をポキポキならすところが文蔵師匠らしくて良い。
お父っつあんに会ったこと、小遣いを貰ったこと、明日鰻屋でご馳走すること、全ておっかさんには内緒だぞ。「男と男の約束だぞ」と言って、別れた後の台詞が良い。「鉛筆ときやがった。空は雲ひとつないいい天気だ…大きくなった」と感慨深げな熊五郎だ。
亀が貰った50銭はすぐに母親に見つかってしまう。「どなたから貰ったの」「知らないおじさん」「御礼を言わなきゃいけないの」「返してくれよ。鉛筆買うんだ」。母親としては心配である。「なんで、さもしい了見をおこすの。三度のものを二度にしたって、ひもじい思いはさせていないつもりだよ。どこから盗んできた?正直に言っておくれ。返しに行こう。謝りに行こう」。それでも亀は男と男の約束を守り白状しない。
だが、母は玄翁を持ち出し、「これはお父っつあんがお仕置きするのと同じだよ!」と言うと、さすがの亀も「お父っつあんから貰ったんだ!」。ヨレヨレの半纏で酒臭かったろうと訊くと、「綺麗な半纏何枚も着て、お酒もやめたって!」。吉原の女も追い出し、独りで一生懸命稼いでいると聞いて、元女房としては嬉しかったろう。
翌日の鰻屋二階。元女房と元亭主の再会。「女手ひとつでここまで大きく育てるには並大抵な苦労じゃなかったろう。改めて言う。今さら俺の口から言えた義理じゃないが、また一緒に暮らせないか」に対し、「ちっとも変わってないのね。勝手なことばかり言って。この子が幸せになるんだったら、やり直しましょう」。まさに子は夫婦の鎹。幸せになってほしいと願う一席だった。


