神田織音独演会「岡野金右衛門 絵図面取り」、そして花形演芸会 真山隼人「女殺油地獄」

神田織音独演会に行きました。「岡野金右衛門 絵図面取り」と「報恩出世俥」の二席。開口一番は神田蓮陽さんで「寛永宮本武蔵伝 狼退治」だった。

「報恩出世俥」。神田和泉派出所の稲垣巡査の「貧乏を苦にするな。正直に生きろ」という台詞が良い。俥夫の小林正吉が米を買うために質屋に入れてしまった股引を一緒に行って請け出してくれた。これが最後に「正直の頭に神宿る」となるのが素敵だ。稲垣を「私情をはさんで公務を怠けていた」と判断して免職にした上司を決して恨んでいないのがいい。

正吉は俥に乗せた芝の旦那が置き忘れた紙入れを届けに行ったのが幸運を呼ぶ。中には265円入っていたので、旦那は丸々あげると言うが、正吉はこれを拒み、足代の50銭だけを受け取る。後になってその旦那が借金のカタに取っていた俥10台の扱いに困っているので、正吉に俥屋の親方をやらないかと誘いがかかり、これがきっかけとなって裕福な暮らしが出来るようになる。この「芝の旦那」が黒田清隆だったという型は初めて聴いた。

「岡野金右衛門」。吉田忠左衛門が小春屋清兵衛を名乗って酒屋を営み、その店に神崎与五郎以下数名が働いていた。そこに岡野金右衛門が手代の九十郎として入る。買い物によく来る本所横網町の大工、平兵衛の姪のおつやが九十郎に惚れていることを察知した神崎が討ち入り成就のために九十郎に託した計略がやがてロマンスに変わるというのが、この読み物の肝だろう。

九十郎はおつやに「前からあなたのことを思っていた」と告白し、おつやはこれに対し、「私は親のない身の上。色恋ではなく、女房にしたいと言ってください」というのがいい。相思相愛。そして、九十郎は「主人が下谷に隠居所を建てる。茶室を拵えたいと言っている。吉良様の茶室の絵図面を手本にしたい」と計略通りに依頼すると、おつやは「借りてきてあげる」。

だが、吉良邸の絵図面は秘密で「口外しない」と血判までしたから貸せないと伯父に断られたとおつやは謝る。ガッカリした九十郎を見て、おつやは心を痛めた。そして、悪いこととは知りながら抽斗の中から絵図面を盗み出し、九十郎に渡した。それだけ、おつやは九十郎を愛し、尽くしてあげたいと思ったのだろう。九十郎こと金右衛門はさぞ心苦しかったと思う。

絵図面を見ると、抜け穴や落とし穴、隠し部屋など巧妙に作られていることが手に取るようにわかった。赤穂の同士は「これさえあれば」と喜び、書き写して、大石内蔵助まで届ける。「これで大願成就は間違いない」と確信し、東に下って、討ち入りの準備ができたわけだ。

元禄十五年極月十三日。金右衛門は横網町のおつやに別れを告げに行く。実は自分は大坂の商人の倅で親父に戻ってきてくれと言われた。二、三年待ってくれたら必ず迎えに来る。そう言って、当座の手当として五十両を渡し、「伯父さんによろしく伝えてくれ」。伯父が帰宅すると、おつやは泣いていた。

翌十四日。酒を求めに行くと小春屋は休みだった。戸を叩く音がする。神崎与五郎だ。実は今宵吉良邸討ち入り、九十郎は岡野金右衛門、討死覚悟である旨を伝え、「一言、礼を言いに来た」。

平兵衛は「誤った!…だったら、絵図面を貸したのに。お役に立てたのに」と後悔する。赤穂藩贔屓だったのだ。そして、今から届けると言う。すると、おつやが言う。「その絵図面は盗んで見せました。堪忍してください」。平兵衛が喜ぶ。「よくやった。良かった。それで討ち入りなのか」。「一目会って別れよう」と平兵衛とおつやは討ち入り前の吉良邸門前に行く。

「金右衛門様!」。泣き崩れるおつや。金右衛門も涙を流す。そこには本当の愛情が流れていたのだ。大石内蔵助が礼を述べる。そして、首尾よく仇討本懐を遂げることができた。赤穂義士伝の中でも一番の純愛物語ではないかと思う。

花形演芸会に行きました。

「子ほめ」玉川わ太/「悋気の独楽」三遊亭らっ好/漫才 ストレッチーズ/「七段目」松柳亭鶴枝/「一文笛」春風亭昇也/中入り/「代書屋」五街道雲助/太神楽曲芸 鏡味仙成/「女殺油地獄」真山隼人・沢村さくら

昇也師匠の「一文笛」。腕自慢のスリのヒデのプライドが第一の見どころ。旦那の持っている煙草入れを抜き取る権利を「三円で買った」と言って近づき、「十円でお譲りください。損は承知。自慢したい」と旦那を口説いたと見せて、実は旦那の財布も盗んでいたという…。仕事はこういう風にやらなくちゃいけないと鼻高々なヒデの人物像を描き出す。

第二の見どころはそんなヒデの親切心が仇になるところだ。駄菓子屋の前で羨ましそうに一文笛をながめていた子供が駄菓子屋の婆さんに「銭のない子は向こうへお行き!」と厄介払いされたのを見て、ヒデはその子を可哀想に思い、その子の懐にそっと一文笛を入れてやった。だが、婆さんが「さては盗んだな」と親に文句を言いに行き、その子は家から締め出しを食らって、悲観して井戸に身投げして瀕死の状態だという。

ヒデの兄貴分が「なぜ、銭を出して買ってやらなかった。それが盗人根性なんだ。お前はいいことをしてやったと思ったかもしれないが」と糾弾する。ヒデは自分のおこないを恥じ、指を詰めて「堅気に戻る」と誓う。

最後の見どころは、そのヒデが井戸に身を投げた子を助けたいと願い、スリとして最後の仕事をするところだ。その子は意識不明の重体だが、伊丹屋に出入りしている「金に汚い」医者によれば、「五十両出して、入院させれば回復して治る」という。そこで、ヒデはその医者の財布を掏る…。桂米朝作の人情噺を昇也師匠が達者に演じて聴かせてくれた。

隼人さんの「女殺油地獄」。近松門左衛門の筆で歌舞伎や文楽でお馴染みだが、これを浪曲の脚本にした土居陽児先生がまず凄い。そして、その脚本を基にしっかりと節と啖呵で聴かせる隼人さん、それに合わせる曲師の沢村さくらさんが凄い。最初から最後まで情景が見えるようであった。

前半は放蕩息子の河内屋与兵衛を実母のお沢が勘当を言い渡すが、義父の徳兵衛もお沢も実のところ与兵衛が改心してくれることを願って待っている「親の思い」というものにクローズアップする。与兵衛が遊女小菊を巡って会津侍と小競り合いをしたときに、通り掛かりの侍に泥がかかった。その侍の家来が誰あろう、叔父の森右衛門だった。この一件で森右衛門は責任を取って浪人してしまう。

河内屋の向かいにある同業の豊島屋の女将お吉のところに、徳兵衛が訪れ、銭三百をお吉に託し、与兵衛に詫びを入れて勘当を解いてもらうよう口添えをしてくれと頼む。そこへお沢が現れ、「その銭をやることはない。その甘やかしがいけない。ドブに捨てるも同じ」と言う。徳兵衛は「子は親の慈悲で立つ。親は子の孝で立つ。せめて葬式は我が子の手でしてもらい死にたい。そうでなければ、野垂れ死にした方がまし」だと抗弁する。

与兵衛に厳しく見えたお沢の手元からちまきと銭五百が落ちた。「恥ずかしい。これは与兵衛にやりたいと店から盗んだ。腹を痛めて産んだ子はいかに悪縁といえど、不憫で可愛い」と本音を吐く。ここで甘い顔を見せれば、与兵衛のためにならない、だから厳しい顔をしているのだ。「許してくだされ」。

結局、徳兵衛の三百とお沢の五百、合わせて八百を与兵衛に渡して意見してくれとお吉に頼む。お吉も優しい。「ここに銭を棄てていけば、誰かが拾うでしょう」。この様子を与兵衛は立ち聞きしていた。そして、「頼みの綱はお吉だ」と思い、両親が河内屋に戻ったのを見計らって、豊島屋を訪ねる。

この後半は与兵衛とお吉のやりとりが見せ場だ。豊島屋は主人の七左衛門が不在で、お吉が応対する。「勘当は本心ではない。銭八百が何よりの証拠。親御さんは泣いていた」と与兵衛の色狂いを諭す。だが、与兵衛の反応は鈍い。「しけた金だ。貰いますが、これだけでは足りない。あと二百匁必要だ」と言って、小菊を身請けすることを考えている。「貸すことはできません」ときっぱりと言うお吉。「不義して金まで貸したと言われたら困る」と、野崎の一件をまだ七左衛門が疑っていることを含めて拒む。「では、不義しましょう」と性懲りもない与兵衛である。

「油なら貸してもらえますか」と切り出す与兵衛に、お吉は「商売物なら貸しましょう」。命の灯、油量るも夢の跡。油を用意しようとするお吉の背後から刃物を持った与兵衛が襲おうとする。抵抗し、「死んでなるものか」。油がこぼれ、油まみれで滑る二人。これぞ、油地獄だ。「銭ならあげます。だから命は助けてください」と懇願するお吉。「金を貰って新地の小菊を身請けして夫婦になり、親孝行をして、良い息子と言われたい」と与兵衛。

「だから、死んでください」と言って、与兵衛はお吉に止めを刺す。我に返った与兵衛は「しまった!」と思うが、もう遅い。箪笥にあるだけの金を懐にねじ込み、「南無阿弥陀仏」と唱えながら新地に駆けて行くのだった…。照明の効果も使って、まさに「油地獄」を演出した素晴らしい高座だった。