その後の落語会 古今亭駒治「ラジオデイズ2」、そして寄ってらっしゃい幸乃会 京山幸乃「米屋剣法」

古今亭駒治「その後の落語会」に行きました。駒治師匠の自作「ラジオデイズ」のその後を創作して披露するという試みで、「ラジオデイズ」を演じた後にホルン漫談を挟んで「ラジオデイズ2」をネタおろしした。

「ラジオデイズ2」。ラジオ東京の深夜放送「チャコのオールナイト東京」は、チャコ&カフカのチャコがパーソナリティを勤める人気番組で、同じ町の中学生だった平家の落人ことコバヤシシュウジ、世界のヤマちゃんことヤマダシゲコ、パジャマボーイことニシムラ、それに1年先輩のヤンキーのファンシーストロベリーとオノノイモコが常連リスナーであることが判明した。この地域では放送エリアから外されている2時台をヤマダシゲコの祖父が裏山に設置した巨大なパラボラアンテナで半蔵門からの電波を傍受、スポーツ紙に書かれていた「チャコ&カフカ解散」報道は全くのデマカセであることをチャコがマイクの前で喋るのを皆で聞いて喜び、心を一つにしたというのが第1話だった。

第2話は30年前に解散したチャコ&カフカが復活ライブをおこなうというニュースからはじまる。同じ町の中学生5人が喜んだのも束の間、その1年後にチャコ&カフカは解散したのだった。コバヤシシュウジは東京の大学に進学し、家族全員が東京に引っ越してしまって以来、同窓会などがあっても故郷に戻ることはしていなかった。だが、今回の復活ライブの件で久しぶりに親友のニシムラに会いに帰郷する。

ニシムラによれば、ヤマダシゲコも行方不明で、「コバヤシと駆け落ちしたのではないか」と町でまことしやかに噂されたという。ファンシーストロベリーことイチカワ先輩は稼業の鉄工所で働いていて、ヤマダシゲコのことが忘れられずに独身を貫いている。そして、ニシムラはこの鉄工所の社員だ。また、オノノイモコは寺の息子だったので、僧侶になった。裏切り者のコバヤシを土に埋めてやる!とイチカワ先輩が学校の裏庭を掘り出すと、中学生当時に埋めたタイムカプセルが出てきた。

中からコバヤシやニシムラの30年後の自分に宛てた手紙が出てきた。ヤマダさんはAIWA製のラジオとともに「あの夜から30年後、皆で裏山で会おう」と書いていた。「あの夜」は一体、いつだったのか。ニシムラはずっと日記をつける習慣があって、「あの夜」の30年後が何と、今夜だということが判った。裏山に行くと、ヤマダさんの家は廃墟となっていたが、巨大パラボラアンテナは存在した。タイムカプセルから取り出したラジオに電池を入れて、スイッチを入れるが何も聞こえない。

そこにヤマダシゲコが現れた。皆が「シゲコちゃん!」と呼びかけると、ヤマダさんは父の新規事業のためにアメリカに移住し、現地で結婚もしたという。そして、パラボラアンテナに反応してラジオから音声が聞こえてきた。「チャコのオールナイト東京!」。終わったはずなのに…何と「一夜限りの復活」の放送なのだ。チャコが「懐かしいハガキをディレクターが見つけ出してきた」と言って、ラジオネーム平家の落人のハガキを読み上げる。中学2年だったコバヤシシュウジの投稿だ。そして、チャコが呼びかける。「皆、復活ライブに来てくれよな。俺たちはヒット曲をアレンジを変えて歌うようなことはしないから」。リスナーとパーソナリティが1体1でコミュニケーションしているかのように思わせる、古いけれど新しいメディア。ラジオの魅力を表現した秀作である。

「寄ってらっしゃい幸乃会~京山幸乃の東京わくわく浪曲会」に行きました。幸乃さんが「転宅」と「米屋剣法」の二席。ゲストは三門綾さんで「吹雪に咲く花」、曲師は広沢美舟さんだった。

「米屋剣法」。紺屋の倅だったが、十六歳で勘当され、日本全国を武者修行した末に吉岡小太刀という技を編み出した吉岡又三郎が京都今出川に道場を開いたが、入門する者が現れない。やっと志願者が来たが、丸太町の米屋の清三郎。女房からお前さんは女遊びも博奕もしない、何か道楽を持った方が良いと言われて門を叩いたという。

吉岡は町人に生兵法は大怪我の基と思い、向かってくる清三郎にわざと無茶苦茶に叩いた。「痛いと思うな。ありがたいと思え。そうすれば、一生懸命になって、腕があがる」と教えたものの、これは清三郎に剣の道を諦めさせる優しさだった。木剣を杖にして帰っていく清三郎の後ろ姿に「無情な師匠と思うだろうが、憎くて叩いたわけではない。この辛い気持ちわかってくれ」と呟く。

だが、清三郎はへこたれなかった。「女房から頭がでこぼこでみっともない。もっと低いところを殴ってもらえと言われました」。通うも通った七日間。吉岡は「やめさせようと思っていたが、驚いた。辛抱ができる男だ。これなら、免許皆伝できるかもしれない。真面目に教えてやろう」と思い出す。そして、弟子入りして一年二カ月十六日。今では女房が亭主のことを木魚と呼ぶという。「ちょっとは見込みありますか?」と訊かれた吉岡は、ここで「お前の腕前は上目録」と言って得意になると困ると考え、「目というところじゃ。目録の半分だ」。

吉岡は清三郎に「他流試合だけはならぬぞ」と釘を刺した。帰り道の途中にある卜部藤蔵・藤三郎兄弟の道場の竹刀の音を聞いて、つい窓から覗いてしまった。中から「入って来い!生意気な奴だ。試合がしたいと申すのか」と言って、清三郎は門弟たちに寄ってたかってコテンパンにとっちめられてしまった。「お前の師匠の吉岡又三郎は竹べら、糊べら。お笑い草だ。一昨日、来い!」と罵詈雑言を吐かれる。

清三郎は血まみれで家に帰る。「これはあまりに卑怯じゃないか。何も知らない先生を竹べらだ、糊べらだと言って。覚えておれよ、藤蔵よ」と男泣き。女房に奥の間に布団を敷かせ、医者を呼んでもらう。「傷が治るまで一カ月はかかるだろう。先生が心配してお見えになっても、奥へ通してくれるなよ」。

七日後。吉岡は「慢心したのか。意見してやろう」と、清三郎の家を訪ねるも、女房は「病気です」と止める。「普通の病ではない、流行り病なのでうつる、治れば稽古へ行かせます」。だが、吉岡は退かない。「弟子というたら我が子も同じ。師匠といえば親同然。薄情な親がどこにある。可愛い我が子の病気がうつって死んだら本望だ」。

奥の間で布団を被っていた清三郎は「ありがたい」を繰り返す。訳を語れと言われ、涙ながらに事情を話す。「竹べら、糊べらとほざいたのか。役に立つか、立たぬのか、見せてやる!」と意気込んで卜部道場へ向かおうとする吉岡又三郎に、清三郎も「わしも一緒に連れていっておくれ」。「これから二人で乗り込んで、卜部を討ち取ったら、大きな声で笑ってやれ」と、吉岡は一尺八寸の竹べら剣法を引っ提げて、卜部藤蔵・藤三郎の道場に向かう!というところで「丁度時間となりました」。吉岡又三郎と米屋の清三郎の師弟の心の交流を気持ち良く唸る幸乃さんの高座、あっぱれだった。