吉例顔見世大歌舞伎「曽我綉侠御所染 御所五郎蔵」「三谷かぶき 歌舞伎絶対続魂 幕を閉めるな」

吉例顔見世大歌舞伎の昼の部と夜の部に行きました。

昼の部　御摂勧進帳／道行雪故郷 新口村／鳥獣戯画絵巻／曽我綉侠御所染 御所五郎蔵

夜の部　當年祝春駒／三谷かぶき 歌舞伎絶対続魂 幕を閉めるな

「御所五郎蔵」。片岡愛之助演じる主人公の御所五郎蔵。陸奥国の大名浅間巴之丞に須崎角弥という名前で仕えていたが、中村時蔵演じる腰元の皐月との恋仲が露見して、不義の罪に問われた。巴之丞の母遠山尼の温情によって死罪は逃れたが、国許を追放され、武士の身分を捨てて町人となり、皐月とともに江戸へ出て、侠客となった。この不義を密告したのが尾上松緑演じる星影土右衛門で、皐月に横恋慕していたのだが、土右衛門も訳あって追放に身となり、同じく江戸に出て浪人をしている。この前提が物語の鍵だ。

五郎蔵が恩義のある巴之丞が上洛して傾城逢州に入れあげたが、揚げ代の二百両の支払いが滞ってしまった。五郎蔵は巴之丞のために金策に走り、妻の傾城皐月に金策を頼む。だが、頼りのなる馴染み客もないために支払期限を迎えてしまい、途方に暮れる。そこを星影土右衛門がチャンス到来とばかりにつけいる。

すなわち、皐月に対し五郎蔵への退き状を書けば二百両を貸すと持ち掛けたのだ。だが、そんな無理な要求を皐月が飲むわけにはいかない。そこに二百両の支払いの催促に来た花形屋とともに五郎蔵がやって来る。旧主思いの五郎蔵のために皐月は退き状を書くという苦渋の決断をし、五郎蔵に渡すのだ。

経緯を知らない五郎蔵は皐月の急な愛想尽かしに驚き、皐月が二百両を渡そうとするが、怒りを露わにして、これを拒む。同じ場にいた逢州が宥めるが、五郎蔵は無念の思いを抱いたまま、金を受け取らずに去る。「晦日に月の出る廓も、闇があるから覚えていろ！」。

土右衛門は身請けの支度を調えるため、皐月を伴って花形屋へ向かおうとするが、癪を起こしたと言って後から行くと言う。土右衛門は承知しない。皐月の心情を慮った逢州は皐月の打掛を着て、皐月の使う提灯を灯して身代りとして同道することで、土右衛門はこれを渋々受け入れる。だが、これが悲劇を呼ぶのだ。

皐月の愛想尽かしを真実と思い込んだ五郎蔵は自らの無念を果たそうと、夜更けの廓の内に身を潜め、土右衛門と皐月を待ち伏せる。そこへ皐月の打掛を着た逢州と土右衛門が…。皐月だと思い込んだ五郎蔵は逢州を斬り付けてしまう。そして、それが皐月ではなく、恩義のある巴之丞の愛する逢州だと気が付いたが、もう遅い。ボタンの掛け違いが招いた悲劇に胸が痛くなった。

「歌舞伎絶対続魂（ショウ・マスト・ゴー・オン）」。原案となった「ショウ・マスト・ゴー・オン～幕を降ろすな」の初演は１９９１年本多劇場で、勿論三谷幸喜さんの作・演出。その後、舞台版としては９４年に紀伊國屋ホールで再演、２０２２年に世田谷パブリックシアターで再々演。僕はこの２２年版を観ていて、上演期間中に入れ替わり立ち替わり出演者の病気休演が出て、その度に三谷さんご自身が色々な役を代演して、まさに「幕を降ろすな」の精神だったのを覚えている。

今回、歌舞伎版を製作するにあたって、劇中劇を「マクベス」から「義経千本桜」にしたのはさもありなんだが、画期的だったのは装置は舞台裏だけで描いてステージを見せるシーンはないバックステージものだった作品を、今回は歌舞伎座の廻り舞台を活用して、最後に劇中劇のステージを見せたことである。単に設定を江戸時代に置き換えただけではないところに、三谷幸喜という天才の真骨頂がある。

伊勢にある芝居小屋、蓬莱座の人たちが「田舎役者の田舎芝居の意地」を見せてやろうと奮闘している、その気概がよく描かれていたと思う。座元の藤川半蔵（片岡愛之助）が大坂竹本座で観た人形浄瑠璃を、自分が書いたと偽って「義経千本桜」を無断で上演していたのがトラブルの発端だ。何と本家の作者の一人である竹田出雲が伊勢参りのついでに蓬莱座に来るという情報が入り、大慌てするというのが、この芝居の大前提にある。

その上で、色々なハプニングが発生し、それに即興で対応していく役者や裏方たちの奮闘が面白い。静御前役のいせ菊が坂東彌十郎というキャスティングも面白いが、そのいせ菊の顎が外れて、骨接ぎを呼ぶがなかなかやって来ないというのが可笑しいし、静御前が持っていくはずの初音の鼓と枕を間違えてしまい、しかも鼓を壊してしまったため、囃子方の鼓を借りるが、替えがないため、肝心のポン！という音を口で言うという…。

亀井六郎役の赤福（中村歌之助）と、駿河次郎役の天太郎（中村橋之助）は座元の連絡ミスで両方、亀井六郎に扮してしまい、もう時間がないので、二人で「分身の術」という設定にして演じることにするアイデアも面白い。義経役の坂田虎尾（市川染五郎）が遊女のお久（坂東新悟）を連れて来て、ゴリ押しでお久を舞台に立たせたいと言い出し、女方と偽って腰元を演じさせるが…。それが瓢箪から駒で、静御前に鼓を渡しに行くために駿河次郎に扮してもらうことを思いついて無事に渡すことができたというのも可笑しかった。

看板役者の山本小平次（中村獅童）は昨夜の酒が抜けずに、狐忠信の役なのに連獅子の拵えで出てきて、これで舞台にあがると言い出すのも笑った。兎に角、酒を抜くために汗をかけと運動を始めるが…。竹田出雲からの差し入れの樽酒を飲み干して元の木阿弥に。仕方なく、狐忠信は座付作者の花桐冬五郎（松本幸四郎）が演じることになるのだが…。

いよいよ迎えた、川連法眼館の幕が開く。ここからが廻り舞台で、本舞台を見せる演出だ。顎が外れたいせ菊の代わりに静御前も代役で五十鈴（中村苔玉）。何とか冬五郎と五十鈴で“四の切”を乗り切ろうと奮闘しているところに、何と酔いつぶれていた小平次が「俺は役を全うする！」と出てきてしまう。二人の狐忠信がいるという…。これぞ、「二人狐だ！」と芝居を続行するところ、痛快である。

そして、附師の鍛冶屋為右衛門が「新しい曲が閃いた。試したい」と言っていたのだが、その曲がクライマックスで演奏される。それが平井堅の「ＰＯＰ ＳＴＡＲ」！これが歌舞伎版として流れ、主だった出演者が舞台に出てきて。曲に合わせて踊るのだ。これで舞台のボルテージは最高潮に達した。いやあ、盛り上がった、盛り上がった。最高の舞台だった。