古典廻さず 立川談吉「竹とんぼ」、そして笑二の大ネタ 立川笑二「ウガンバンタ」「お直し」

「古典廻さず」に行きました。立川談吉さんが「当たりの桃太郎」と「竹とんぼ」、春風亭いっ休さんが「百歳万歳」と「カニ食べ行こう」。

いっ休さんはアフタートークで談吉さんに「ストーリーが作れない」と打ち明けていたが、まさにそういう印象を受けた。「百歳万歳」では、主人公の老人男性が百歳を迎えて生前葬をおこなうが、その後百年生きて二百歳になり、さらに百年生きて三百歳になるという噺。生前葬のとき五歳だった玄孫も生き続けて百五歳、二百五歳になり、二人の会話のやりとりの妙で笑わせようとするのだが、そこに起伏がなくて、平板な展開になってしまうのが残念だ。

「カニ食べ行こう」も、主人公が商店街の抽選でタラバガニが当選し、きょうは「カニが食べられる!」と幸せな気分で会社から帰宅するところを描くのだが、途中で鞄をひったくられたり、マンホールに落ちたりしても、「カニが待っている!」という一点において我慢できるという面白さで引っ張るのは、かなり苦しい。救いは妻がそのタラバガニを全部カニクリームコロッケに調理してしまったというサゲ。これは面白いと思っただけに、途中にもっと工夫がほしい。

いっ休さんが談吉さんに「優れている新作だと思うのは」と訊かれ、百栄師匠の「露出さん」、きく麿師匠の「歯シンデレラ」を挙げていた。一度、これらの師匠からネタを習って、演じてみるというのも活路を拓く一つの手かもしれない。

談吉さんは来年真打昇進、一日の長を見せた。二席とも談吉ワールドとも言える独自の世界観でファンタジーを構築している。特に「竹とんぼ」は出色だ。主人公の老人がヘリコプターと接触して、星から落ちて負傷したペガサスを橋の下に不法投棄された粗大ゴミの中から見つける。そして少年時代に得意とした竹とんぼの要領で、ペガサスの後ろ足二本を一本の軸にしてゴリゴリと複雑骨折させながらも回転させて空中に舞い上がらせることに成功するという…。

この芯の部分の前に、主人公がフリーマーケットでNASA製のキャベツや亀の子タワシやLED電球を買い求める様子。芯の部分の後におばあさんとお茶を飲み茶柱が立ち、玄関の電球をLEDに交換する様子を描いている。それが、ペガサスが天空に再び戻って、青白い光を発して月灯りに溶けていった…という描写を際立たせる効果を生んでいる。見事な構成力である。

「笑二の大ネタ~立川笑二独演会」に行きました。「ウガンバンタ」と「お直し」の二席。

「ウガンバンタ」は初めて聴いた。東京に住んでいる主人公の男性リュウジが婚約者だった女性ケイコを病気で亡くし、ベッドで「治ったら、二人で行こうね」と話していた「祈りの島」と呼ばれる、世界で一番綺麗な海に浮かぶと紹介されていた沖縄の離島に降り立ったときの噺である。

島のおばあさんがリュウジに「何をしに来たか」と声を掛ける。リュウジはケイコの話をして、「遺骨を持ってきたので、ここで散骨しようと思っている」と話す。すると、おばあさんは「ケイコさんはニコニコ笑っているよ。ここに来て喜んでいる」と言う。ケイコの幽霊が見えるのだ。そして、向こうに見えるウガンバンタ(祈りの崖)で散骨すれば、ケイコと直接話せると教えてくれた。リュウジはウガンバンタへ。

すると、今度はおじいさんが「何をしているのか」と声を掛ける。リュウジが経緯を説明すると、ここは無人島だという。呪われた島なんだと。昔は大勢住んでいたが、台風が来るたびに被害を少なくするために籤引きで「人柱」を立てた。そんな島が嫌で若者は島を去り、老人だけが残った。最後は老夫婦二人が残った。お互いが「相手のために身替りになる」と言い合い、「あの世で一緒にしてください」と祈って、二人は身投げをした。幽霊はお盆になると、人柱を探しに来る。リュウジがこの島に船で送ってくれたおじいさんと、ウガンバンタを教えてくれたおばあさん、二人の幽霊に導かれて、お前さんはここにいるのだという。

遺骨がリュウジを守ってくれていた。それを散骨してしまったら、幽霊に見こまれて、生きて帰れない。おじいさんは助かるおまじないを教えてくれた。「マジムン、マジムン、ワンニヘーレ」。リュウジは教えられた通りにおまじないを唱えた。だが、そのおまじないは沖縄の言葉で「魔物よ、私に入ってきなさい」という意味だった…。ぞっとする怖い噺が笑二さんは得意だ。

「お直し」。冒頭、若い衆の半次が旦那に呼ばれて、お茶を挽いて落ち込んでいる夕霧の気を盛り立ててくれと頼まれる。ただし、「優しくしすぎるのは良くない」と釘を刺された。だが、男と女。やがて、二人は深い仲になり、それが旦那にばれる。吉原で御法度の恋愛沙汰になった経緯を説明しているのが丁寧で良い。

半次は旦那に頭を下げて、「夫婦にさせてください」と頼む。情に厚い旦那は夕霧に残っている借金20両もなかったことにして、夕霧の三ノ輪の伯母さんの親許身請けという形で証文を巻いてくれた。店の暖簾に傷がつかない、店で働く者にも示しがつく形で夫婦にしてやった。旦那の粋な計らいである。夕霧は本名のお崎の名前で遣り手になり、半次は引き続き若い衆として働く。

二人は仕事に張り合いが出て、最初のうちは一生懸命に働いた。懐も温かくなった。すると駄目なのは、いつも男の方である。千住に女郎買いに行き、居続けをする。その上、博奕に手を出した。お崎は無断欠勤の亭主の言い訳もタネが尽き、働けなくなってしまう。借金の山で首が回らない、にっちもさっちもいかない暮らしになってしまった。

半次がようやく目が覚めたと言って、友人の熊から紹介された蹴転(けころ)の口を女房に提案する。若い衆は俺がやる。女郎はお前がやれ。元はやっていたじゃないか。男の勝手な理屈である。だが、暮し向きを何とかしたいお崎はこれを飲む。「色々甘いことを言って客を繋ぐ。お前さんは平気でいられるのかい」と念を押す。焼き餅を妬かないこと。平次は「生きていくためだ。できるよ」。お崎が言う。「私がお前さんを駄目にしちまった。博奕や女郎買いについて意見をできなかった。私の命の恩人だからと思って、言えなかった。でも、これからは恩人でも何でもない。できるね?」。肚が据わる女性は強い。「通る客を無理やり摑まえて、着物を引っ張って、店の中に放りこむんだよ!」。

酔っ払いを摑まえた。お崎の手練手管の世界である。こっち、いらっしゃいよ。冷たい手。どこで浮気していたんだい。ここでお前さんの来るのを待っていたんだよ。惚れている人?さっきから目の前にいるじゃないか。夫婦にならないか?他でもそう言ってたぶらかしているんだろう。

客は乗り気だ。かみさんなんかいない。左官の職人だ。いいなと思った女に会ったことがなかった。お前が初めてだ。一緒にならないか。借金はいくらだ?20両ぽっちでいいの?大店の仕事があるんだ。明日、届けられる。一緒になろう。

お崎は客をどんどん引き込む。仲良しばかりじゃ、つまらないよ。たまには喧嘩もしようよ。ぶっておくれ。ぶたれたいんだ。どれだけ殴られてもいい。半殺しにされたいね。手を貸してごらん…(自分の胸に当てて)ほら、ドキドキしているだろう?

この間、何度も「直してもらいなよ」と言っていた半次だが、客から勘定も貰わずに帰してしまう。「やっていられねえ!あの野郎と一緒になるのか?半殺しにされたいのか?妬いてなんかいない。ただ、嫌な心持ちがするんだ!」。お崎が怒る。「どうするんだい、この先!よすのかい?…焼き餅妬かない約束じゃなかったのかい。私だって、白粉がボロボロ落ちるのを辛抱しながらやっているんだ。誰がやらせているんだい?よっぽど、私の方が嫌な気持ちだよ!」「…芝居だったのか。悪かった…」。

ここまで演じて、「このお陰で今がある。皆、あいつのお陰なんだ」。旦那が喜助に自分の過去を喋っていたという、壮大な回顧だった。近頃、「お前は喜瀬川と怪しいという噂だぞ」と喜助に自分を引き合いに出して諭しているのだった。冒頭にループする笑二さん独自の演出が素晴らしい高座だった。