つる子噺~鶴の十声~ 林家つる子「子別れ」、新作歌舞伎「刀剣乱舞~東鑑雪魔縁」

上野鈴本演芸場七月中席二日目夜の部に行きました。今席は林家つる子師匠が主任を勤め、「つる子噺~鶴の十声~」と題したネタ出し興行だ。①井戸の茶碗②子別れ③ねずみ④浜野矩随⑤鴻池の犬⑥三枚起請⑦中村仲蔵⑧酔の夢⑨絹の糸⑩紺屋高尾。きょうは「子別れ」だった。

「やかん」柳家小じか/「追っかけ家族」林家きよ彦/太神楽 翁家勝丸/「宿題」林家たけ平/「強情灸」橘家圓太郎/浮世節 立花家橘之助/「こうもり」蝶花楼桃花/「鼓ヶ滝」林家正蔵/中入り/奇術 如月琉/「山奥寿司」三遊亭白鳥/紙切り 林家楽一/「子別れ」林家つる子

つる子師匠の「子別れ」は大工の熊五郎の元女房お徳の側から描いている。こうすることによって、母子家庭の大変さ、熊五郎がいかに「許せない」罪を犯してしまったかが明確に出て、とても良い。

亀吉が帰って来て、母のお徳に「遊郭ごっこをして遊んでいた。花魁道中をしたんだ」と言うと、母は怒る。亀が「まだ気にしているのか、お父っつぁんのこと。今、お父っつぁんは吉原の女と一緒にいるかもしれないけど…気にすることないよ。おっかさんの方がいい女だぜ!」と言う、息子の素直な気持ちが素敵だ。

お徳は亀に「お父っつぁんに会いたいかい?」と訊くと、亀は「お父っつぁんはおっかさんを泣かせた悪い人だろ」と答える。すると、お徳は「お前のお父っつぁんは悪い人なんかじゃない。いい人だ。本当はいい人だ。だけど、お酒がいけなかった。人が変わっちまう。その足で吉原に三日四日も居続けしてしまう。酒がいけないんだ」と言い聞かせる。お徳は人間的に素晴らしい。

ある日、亀が眉間に傷を負って帰って来た。子ども同士のことだと言う亀に対し、お徳は怒った。「親が口を出すのは当たり前だ。馬鹿にしやがって。きょうというきょうは許さない。誰にやられたか、言ってごらん」。亀が正直に「小林さんの坊ちゃん」と答えると、お徳は「痛いけど我慢をしなさい」。本当は悔しい。だが、小林さんからは洗い張りの仕事を貰ったり、亀がお遣いを頼まれてお駄賃を貰ったり、色々世話になっている。敵に回したら、母子二人が路頭に迷う。

翌日、亀の帰りが遅い。他の友達はとうに帰ってきているというのに…と気を揉んだ。そこに亀が帰って来た。「遊んじゃいけないとは言わない。だけど、皆と一緒に帰ってきなさい」。糸巻の手伝いをさせたとき、亀が握っていた拳から50銭が落ちた。「どうしたの?お遣いを頼まれたなら行ってきなさい」「貰ったんだ…知らないおじちゃんから貰った。御礼なんか言わなくていいおじちゃんから貰った。大丈夫だよ」と説明する亀吉。

お徳は心配になる。あの子は父親がいないから…と後ろ指を指されないように育ててきたつもりだ。「その50銭はどうしたんだい?」と疑うお徳。亀は「盗ったんじゃない!貰ったんだ!」とあくまでも強硬だ。お徳は亀が父親の道具箱から持ってきた玄翁を取り出し、「嘘をつくと打つよ。これはおっかさんが打つんじゃない。お父っつぁんが打つんだ。お願いだ。本当のことを言っておくれ」。すると、亀吉は居たたまれず、「お父っつぁんに貰ったんだ!会ったことも、お小遣いを貰ったことも言っちゃいけないって、約束したんだ」。

「どうせ、酒を飲んで酔っ払っていたんだろう」と言うと、亀は言う。「今はお酒をやめて、一生懸命に働いているって。綺麗な半纏何枚も重ねて着ていた。吉原の女も追い出したって。お父っつぁん、カッコ良かったぜ!」。「おっかさんのこと、何か言っていた?」「眉間の傷のことを話したら、すまない、すまないって頭こすりつけて謝っていたよ」。

翌日、父親と約束した鰻屋に亀吉を送り出すと、お徳は鏡台の前に座り、化粧をする。そして、鰻屋の前へ。入ろうか、入るまいか、迷ってウロウロしていると、後ろから魚屋のおばあちゃんに声を掛けられ、心中を語る。魚屋が言う。「亀ちゃんを思うんだったら、行ってあげた方がいい。案外、子どもは気を遣っている。本当は三人で暮したいに決まっている」。これを聞いて、お徳は強い調子で言う。「私はまだ、あの人を許していない!変わったというあの人に会ってみたいけれど、これまでしてきたことが許せない。そして、また同じことになったら…」。

すると、魚屋は言う。「いいんじゃない、許さなくて。夫婦だもの、許せないことの一つや二つあるわよ。でも、皆一緒にいる。それが夫婦。どこの家もそうよ」。そして、こう付け加える。「あなたは一人でもやっていける。周りの皆が助けてくれる。でも、会いたいなら行った方がいい。うまくいかなかったら、また話を聞いてあげる」。「それからね、言いたかったことがあるのよ。お前さん、駄目な男の面倒を見るの好きなんじゃない?…そういう家ほど、うまくいくものよ。うちだって、そう。昔は酷かった。芝の浜で50両拾って来た頃ね」。

そして、お徳は意を決して鰻屋の二階へ。ギクシャクした元夫婦のやりとりの場を和ませたのは、亀吉だ。「またさ、三人でご飯食べよう!いいよね?お父っつぁん、川の字になって寝たいよ」。熊五郎が切り出す。「俺の口から言えた義理じゃないが、また三人で暮らしてもらえないだろうか。俺なりに一生懸命に罪を償うつもりだ。許してくれとは言えないが…」に、間髪を入れずにお徳が「許さない!」と強い調子で言う。本心だろう。

だが、その後が良い。「お前さん、本当に変わったね。あの頃の目をしていない。大工の熊五郎の目に戻っている」。これを聞いて、熊五郎は「この通りだ」と頭を下げる。「随分と遅かったじゃないか。待ちくたびれちゃったよ」とお徳。和解である。そこへ魚屋のおばあちゃんが現れ、「子は夫婦の鎹だね」。素敵なハッピーエンドに胸が熱くなった。

新作歌舞伎「刀剣乱舞~東鑑雪魔縁」を観ました。

三代将軍源実朝が鶴岡八幡宮で暗殺された史実をベースにしたストーリーだ。暗殺したのは二代将軍頼家の嫡男・公暁だが、傅役の三浦義村が噛んでいるとも言われている。頼家は実朝の兄だが、頼家と実朝の母である北條政子が頼家を修善寺に幽閉して暗殺したとされている。つまり、公暁は「親の仇」を討ったのである。この「過去の歴史」を改変しようと、西暦2205年に羅刹微塵を親玉とする時間遡行軍が鎌倉時代初頭に出撃したという設定だ。

羅刹微塵の狙いは何だったのか。何を目的に「歴史を改変」しようとしたのか。それがわからないままにストーリーが進んでしまって、僕にはよく理解できなかった。「刀剣乱舞」はオンラインゲームを歌舞伎化したもので、一昨年に第一弾「月刀剣縁桐」が上演されて好評だったようで、今回はその第二弾だ。残念なことに、僕は第一弾のチケットは買っていたが、都合が悪くなって行けなかった。

第一弾に行った妻の話によれば、そもそも「刀剣乱舞」は名刀が人に姿を変えた刀剣男士たちと時間遡行軍との戦いを描いたもの。第一弾では尾上松也演じる三日月宗近をはじめとする六振り(刀なのでこう数えるそうだ)が室町時代で活躍するストーリー。時間遡行軍が足利義輝暗殺の首謀者といわれる松永弾正を殺害し、足利義輝を生きながらえさせて、戦国時代の到来を遅らせようと画策しているという…目的が明確である。これはわかりやすい。

今回は中村獅童演じる鬼丸国綱など三振りが新しく加わり、八振り(尾上右近は今回は出演なし)の刀剣男士が活躍するようになっているが、河合雪之丞と中村鷹之資の二人は刀剣男士としてはちょっとしか出ず(後方支援に回るという役割)で、もっぱら雪之丞は北條政子、鷹之資は公暁を演じる役に回った。刀剣男士が他の役も演じる面白さのために、配役に無理が出ている印象を受けた。主役の松也も前回は三日月宗近のみだったが、今回は敵対する相手である羅刹微塵の役も演じたが、欲張りのような気がする。

もう一つ。大喜利所作事は必要なのか。刀剣男士たちが、それまでのストーリーとは関係なく舞踊を披露するという企画は、オンラインゲームをきっかけに歌舞伎を観に来たお客さんに色々な歌舞伎の魅力を知ってもらおうというサービスなのかもしれない。だが、折角本編が「大団円」という形で終わって気分も高揚し、その興奮のまま幕を閉じればいいのに…と思ったのは僕だけだろうか。