一龍斎貞鏡独演会「赤垣源蔵 徳利の別れ」、そして柳家喬太郎独演会「結石移動症」

一龍斎貞鏡独演会に行きました。「赤穂義士本伝 楠屋勢揃い」と「赤垣源蔵 徳利の別れ」の二席。ゲストは宝井琴調先生で「寛永三馬術 出世の春駒」、開口一番は宝井魁星さんで「村越茂助 左七文字の由来」だった。

貞鏡先生の「赤垣源蔵」。討ち入り当日に「最期の別れ」を告げようと貧乏徳利をぶらさげて汐留に住む兄の塩山伊左衛門を訪ねた源蔵だが、留守を知らされる。居間に前日から降る雪で濡れた兄の羽織を干してあるのを前に、湯呑を二つ用意して貰い、酒を酌み交わす体で独り飲む源蔵。何を思い、何を羽織に語りかけたのだろうか。

笑う下女のたけに飲み残した徳利を渡し、「兄がお帰りになったら、召し上がってくださいと伝えてくれ」と言った後、言伝をする。「浪々中は大変お世話になった。西国のさる大名に召し抱えられ、明朝六つに出立しなければならない。明年は国詰めゆえ、江戸に戻るのは明後年になりますので、それまでお待ちください」。

帰宅した伊左衛門がこれを聞き、源蔵が飲み残すこと、礼を言ったことは珍しいと感じ、これは何かあることを察するのは流石だ。褒めるわけではないが、あいつの酒は心の底まで酔わぬ酒だと言う。酔って、たけに水を持って来てくれと頼んだときに、誤ってその水をたけが溢して源蔵の着物を濡らしてしまったときも、怒りもせずに「足の運びに気をつけよ」と注意したに留めた。酔っても武士の心を忘れぬやつだと弟を評価する伊左衛門。「今晩、まさか…」と胸騒ぎがして、眠れずに昂る気持ちが当たり、翌朝に赤穂浪士吉良邸討ち入りの報を聞く。

伊左衛門は「その忠義の中に源蔵はいるのか」を確かめたい。だが、いなかったときは武士の名折れとなる。そこで老僕市爺にその役を命じ、「いなかったときは小声で伝えてくれ。いたときには大きな声で叫んでくれ」。果たして、市爺が駆けつけると、引き揚げる浪士の先頭より三番目に勇ましい源蔵の姿が見えた。

「立派なお姿、おめでとうございます。旦那様がどれほどお喜びになることか」と声を掛けると、源蔵は「酒に性根は奪われしも、忠義の二文字は忘却しなかった。旦那の教えを守り、武士として見苦しくない振る舞いをしたつもりだ」と応える。そして、呼子の笛と癪持ちの奥方のための薬、さらに金子5両を市爺に渡す。「身体を労わり、一日も長く生きよ」。

市爺が伊左衛門への言伝を願うと、「今更、未練がましくなるから何もない」と言うが、さらに強く願うと、「昨日、お兄上にお目にかかれなかったことが残念だったと伝えてくれ」。

市爺は塩山家に戻り、伊左衛門にこのことを伝えると、伊左衛門は「会って別れを告げたかった。源蔵の心中、さだめし寂しかったであろう」と言って、昨日の貧乏徳利の酒を持ってこさせて飲む。そして、呼子の笛を鳴らす。「心の迷いか、笛の音が幼き頃の弟の声に聞こえる」。

源蔵の貧乏徳利は「福徳利」として、伊左衛門の主人である脇坂淡路守に献上された。太田蜀山人がこの徳利に付けた狂歌、徳利の口よりそれと言わねども昔思えば涙こぼるる。血を分けた兄弟の絆、そして別れに思いを馳せた。

夜は柳家喬太郎独演会に行きました。「結石移動症」と「死神」の二席。ゲストは玉川奈々福先生(曲師は広沢美舟さん)で「金魚夢幻」、開口一番は三遊亭けろよんさんで「真田小僧」だった。

喬太郎師匠の「死神」。消えたばかりの蝋燭を前に、死神にこう言わせた。「これは金原亭馬遊という噺家の蠟燭だった。いくら芸が良いと褒めても、本気にしない男だった。だが、仲間から心底愛された芸人だった。酒が大好きで、好き勝手やって、まだ死ななくていいのに死んじまった。言っても知っているやつは少ないかもしれないが、こういう噺家がいたということを忘れないでやってほしい」。喬太郎師匠らしい追悼だった。

「結石移動症」。洋食屋を営むケンちゃんの家に長男のタケシが婚約者のミドリを連れてやって来たが、彼女はケンちゃんのお得意先のソープランドで働いていた“サツキ”ちゃんだった…。その事実をタケシは初めて知らされる。ケンちゃんは機嫌を損ねて「勝手に入籍すればいいじゃないか」と冷たい。

ミドリが言う。ケンちゃんは私たちに胸を張って生きろ、お天道様の下で堂々と歩け、お前らの仕事は恥ずかしい仕事じゃない、世の中にはそれを必要としている人がいるんだと言ってくれた。ケンちゃんの料理、そして言葉で救われた、リストカットせずに済んだ…。「職業に貴賤なし」と心底応援してくれたケンちゃんに感謝しているミドリはなぜケンちゃんが怒っているのか判らない。

ケンちゃんの理屈はこうだ。タケシに黙っていたことが気に食わない。これから夫婦になったら、色々なことを乗り越えなきゃいけない。それが初めから隠し事をしてどうするんだ。それが気に入らないんだ。尤もである。

ケンちゃんの難病“結石移動症”は、ミドリの知り合いの堀田という鍼師の施術によって見事に完治する。ケンちゃんはミドリに言う。「これで点数を稼いだと思うなよ。ハードルが下がったと思うなよ」。ケンちゃんに少し照れがあるために、こういう天邪鬼な台詞が出たのだろう。

ミドリは抗弁する。そんなつもりで先生を呼んだんじゃない。ソープ嬢時代にケンちゃんが励ましてくれたことが嬉しくて…ケンちゃんを助けてあげたいという一心だったんだよ。

これで和解だ。もう何も言いっこ無しだ。ケンちゃん、タケシ、ミドリ、そして娘のメグミも含めて、この家族に幸せが舞い込んだ。休業していた洋食屋は新メンバーも加わって、新しいスタートを切った。素敵な噺である。