鈴本十月上席 蝶花楼桃花「地獄八景亡者戯」

上野鈴本演芸場十月上席昼の部の九日目と千秋楽に行きました。今席は蝶花楼桃花師匠が主任を勤め、「地獄八景亡者戯」を奇数日に前編、偶数日に後編を演じるという特別興行だ。このネタは上方の桂米團治師匠に稽古をつけてもらったそうで、全編1時間半ある大ネタ中の大ネタ。7月に桃花師匠は31日間連続独演会を開催し、その中で(上)(中)(下)の3回にわたってネタおろしをしたが、それを今度は寄席定席で掛けるという挑戦的な姿勢は素晴らしい。

九日目 「堀の内」隅田川わたし/「子ほめ」春風亭朝枝/奇術 小梅/「好きと怖い」三遊亭歌奴/「替り目」金原亭小馬生/粋曲 柳家小菊/「池田屋前」春風亭勢朝/「ん廻し」春風亭正朝/漫才 ロケット団/「鹿政談」蜃気楼龍玉/中入り/ウクレレ漫談 ウクレレえいじ/「いぼめい」柳家小ゑん/ものまね 江戸家猫八/「地獄八景亡者戯」(前編)蝶花楼桃花

千秋楽 「饅頭こわい」桂枝平/「寿限無」春風一刀/奇術 小梅/「紀州」春風亭勢朝/「厩火事」金原亭小馬生/粋曲 柳家小菊/「掛け取り」三遊亭歌奴/「悋気の火の玉」春風亭正朝/漫才 ホンキートンク/「時そば」隅田川馬石/中入り/ウクレレ漫談 ウクレレえいじ/「顔の男」柳家小ゑん/ジャグリング ストレート松浦/「地獄八景亡者戯」(後編)蝶花楼桃花

桃花師匠の「地獄八景亡者戯」。鯖を自分で調理して食べたら当たってしまって死んだ又兵衛という男。空空寂寂とした世界に出たと思ったら、これが三途の川への道のりだった。先日亡くなった伊勢屋の隠居と偶然出会い、「この先で閻魔大王に裁かれて地獄へ行くか、極楽へ行くかが決まる」と教えられる。

10人の団体がやって来た。遊び尽くした若旦那が“あの世ツアー”と称して、芸者や幇間を連れて陽気にそぞろ歩きしている。河豚の肝を食べてきたのだという。懺悔をすれば罪が消えると聞いて幇間の一八が、若旦那の別れ話をまとめたときの手切れ金をくすねたことや、箱根旅行で金時計、指宿温泉でブレスレットを盗んだことを白状するという…。

三途の川の手前に奪衣場があって、正塚の婆さんが衣服を剥ぎ取ると聞いていたが、それは戦前の話で今では民主化が進み、そういう利権の世襲は廃止されたというのが面白い。そして正塚の婆さんは閻魔大王の妾から正妻になったが、いびり倒す姑との折り合いがつかず、離婚して独身になった。うまいこと娑婆に出て、その姑との確執を週刊誌の連載で面白おかしく暴露したら人気が出て、今ではテレビのレギュラーが5本とか。

やがて鬼の船頭が漕ぐ渡し船に乗るが、向こう岸への“渡し賃”の額は病や死に方で決まるという。痔で死んだ男は脱腸…「妲己のお百」だから100円、でも物価高騰のインフレならぬエンフレで1000円に。腎臓の病は4×4で160円、お産で死んだ女性は3×4で120円…産後だから150円。そして、河豚で死んだ若旦那たちは四苦八苦で4×9+8×9で1080円等々。

六道の辻のメインストリートにはスカイツリーならぬスカイクビツリ―、文藝講演会は芥川、三島、有島、太宰らが出て「自殺について」語る。NHKホール(なんみょう・ほうれん・きょうかい)では黒白歌合戦。黒組は美空ひばりの「三途の川の流れのように」、白組は三波春夫の「冥途の国からこんにちは」、お客様は仏様です!

野外ステージではYKB48、焼き場系アイドルのライブ。会いたかった、会いたかった、萌え!歌舞伎は仮名手本忠臣蔵が初代から十二代までの團十郎が出演という豪華版。松竹新喜劇は藤山寛美の来場三十三回感謝公演。落語は三遊亭圓朝が「牡丹燈籠」の通し口演、圓生独演会、志ん生・志ん朝親子会、ざこば独演会(これは入れてやと米團治師匠)、談志はドタキャン、木久扇は近日来演。

念仏町で念仏を買うと罪が軽くなる。浄土真宗、法華、真言、天理教、キリスト教と何でもある。花火を上げているのはPL教団、壺を売っているのは統一教会。地獄の沙汰も金次第。金箔や漆の念仏は500万とか300万とかする、木箱や紙箱でも50万、30万…、紙袋だと5万円。それでも高いという人には断ち屑を買う手もあるが、890円、390円、120円と安いけど、ビックリ念仏、湯念仏、居眠り念仏とご利益が無さそうのものばかり…。仕方なく5万円の紙袋を買って、いざ閻魔丁へ。ここまでが前編だ。

後編は閻魔の庁から。赤鬼と青鬼が鉄の扉を開くと、沢山の亡者が押し出される。そして御簾から閻魔大王が登場。千年祭ゆえ、一芸のある者は極楽に行かせると言う。次々と亡者が手を挙げる。ここは桃花師匠の芸達者の見せ所だ。

玉すだれが出来るという男。かっぽれを踊りながら、白帆、船の櫓、編笠、みかん船、法螺貝、壇ノ浦の戦いの那須与一の弓矢…次々と繰り出していく。三味線が弾けるという男。北海道のソーラン節、熊本のおてもやんと喉も聴かせる。日本舞踊の人形振りができるという男。「櫓のお七」をお囃子の演奏に合わせて、上半身だけで振付を見せる。普段から稽古事に勤しんでいる桃花師匠の面目躍如たるところだ。

落語ができるという男が普段はまるで笑わない赤鬼の耳元で小咄を聞かせると、赤鬼は笑い出す。閻魔大王が何が可笑しいのかと問うと、赤鬼いわく「この人、来年のことばかり言うんです」。

というわけで、医者のヤマイナオサン、歯抜き師のマスイセンスイ、山伏のホラフクカイ、軽業師のワヤタケノノライチの4人以外は極楽へというお沙汰。うまり、この4人は地獄行きというわけだ。

まず熱湯の釜の刑。ここはお任せあれと山伏。妖術を使い、呪文を唱えて熱湯を“いい湯加減”にしてしまった。次は針山地獄。ここは軽業師が名乗りを挙げる。他の3人をおぶってひょいひょいと頂上まで登り、後は獅子の蹴落としで下山。

こうなったらと、人呑鬼(じんどんき)登場。この4人を食ってしまうという。歯抜き師が「随分と虫歯がある」と言って、治療と称して薬を塗り、手拭いを噛ませると歯がボロボロと抜け落ちて、噛まれずに4人は胃袋の中に。ここはお任せあれと医者。胃袋をメスで裂く。さらにくしゃみが出るツボ、腹痛になるツボ、笑いが止まらないツボ、屁が出るツボを攻撃。喉仏を攻めてカラ餌付きをさせる。四苦八苦の人呑鬼は便所に駆け込み、肛門から4人を出そうとするが4人は力を合わせてこれを食い止める。

すると何を思ったか、人呑鬼は閻魔大王を吞み込んだ。すると、4人は腹下しによって助かった。飲んだのが大王。マクラで漢方で大黄は消化剤になると仕込んでいたのが、鮮やかに決まった。

前編後編合わせて1時間半の大ネタを終始面白可笑しく、飽きずに聴かせる桃花師匠の話芸の巧みさ、器用さに感心した高座だった。