鈴本演芸場七月中席 柳家喬太郎「宴会屋以前」
上野鈴本演芸場七月中席四日目夜の部に行きました。柳家喬太郎師匠が主任を勤める「喬太郎企画ネタ尽きました、お客様決めてください」と題した興行。きょうは新作・改作部門第4位の「宴会屋以前」だった。
「家見舞」柳家小太郎/太神楽 翁家勝丸/「百目の火」柳家小せん/「近日息子」むかし家今松/ウクレレ漫談 ウクレレえいじ/「弟子の強飯」春風亭百栄/「金明竹」隅田川馬石/中入り/奇術 如月琉/「千早ふる」橘家文蔵/紙切り 林家楽一/「宴会屋以前」柳家喬太郎
喬太郎師匠の「宴会屋以前」。喬太郎師匠の昭和の演芸人たちへの敬意と愛情が溢れている素晴らしい高座だった。この噺の主人公、宴会部長さん63歳の思いはそのまま今年61歳になる喬太郎師匠の思いである。そして今年還暦を迎えた僕はこの噺に激しく共感できることに幸せを感じた。
会社の飲み会で宴会部長は、中森明菜の♬スローモーションを熱唱し、ゼンジー北京の物真似をし、ネクタイを鉢巻にして昭和の酔っ払いの姿で♬スーダラ節を歌い、盛り上げる。「あの人は宴会のときだけ部長になれるが、実際の出世はずーっと課長止まりなんだよな。人柄が良くて、仕事もそこそこ出来るけど、皆はあの人が好きだけど、尊敬はしない」。陰でそう言われているのは本人もよく知っているところに、同じサラリーマンだった僕は哀愁を激しく感じ、胸が締め付けられる。
職場の後輩のイガラシ君を誘って二人で飲みに行った酒場で「わしは宴会屋だよ。それだけで会社の首が繋がっている。私みたいになるなよ」と前置きして、自分が若い頃にお笑いが好きで芸人を目指していたと独り語りを始める。それは「イガラシ君が自分の若い頃に似ていると感じた」という台詞がまんざら嘘でもなく、心を許したということなのだろう。
子どもの頃、テレビで活躍していた芸人さんたちを懐かしむ。獅子てんや・瀬戸わんやの「ピーヨコちゃん」、玉川カルテットの「わたしゃ、も少し背がほしい」、かしまし娘の「ウチら陽気なかしまし娘」、早野凡平の「ホンジャマー、ホンジャマカ」…。てんぷくトリオの伊東四朗、戸塚睦夫、そして三波伸介が泥棒役で口の周りに髭を描いて「びっくりしたなぁ、もう~」。笑点は後に円楽になった楽太郎と三笑亭夢之助が同時に加入した頃、小円遊と歌丸が丁々発止でやりあっていたのが好きだった。
お笑いの人になりたい。大学に入学した3年後に閉鎖になった松竹演芸場は軽演劇と色物さんが中心の番組だった。大宮デン助がデン助劇団で沸かせた演芸場でアルバイトとして働き、相方を見つけてネタも作った。あやつり踊りを得意とした先代の助六師匠、たぬきの先代小さん師匠、志ん朝師匠もいた…志ん朝師匠があんなに早く亡くならなかったら、色々と演芸の世界は変わっていただろう…。
太神楽の江戸一染之助・染太郎、曲芸の東富士夫、三味線漫談の柳家三亀松、圓蔵師匠の「猫と金魚」「反対俥」も懐かしい、古今亭右朝は早過ぎる死だった。大瀬うたじさんも先日亡くなった、ゆめじさんが先に亡くなったんだ、年を取ると皆死んでいってしまう、しょうがない、順番だから。だけど、紙切りの林家正楽…本気で色物で初めて人間国宝になると思っていたのに…早いよ…。
宴会部長さんは自分にも彼女がいたと言う。私はお笑い芸人を目指していたが、彼女は学生運動をしていた…60年安保も70年安保も終わっているのに、デモに参加するような女性だった。「日本中がフジテレビ」みたいなバブル期に大隈講堂にデモに行くんだ。私の方はノンポリだったが。「こういう昔話をするのも、ハラスメントになるのかい?」と付け加えるのが喬太郎師匠らしい。
宴会部長さんに松竹演芸場の開口一番という出番をもらえる日が来た。だが、彼女はデモに行くから見にいけないと大喧嘩した。その初舞台もその日に限って団体客が入り、幻になってしまった。終演後に、ひょっこり現れた彼女は「舞台、無かったね」とヘルメットをかぶり、角材を手にして言った。その彼女?…今、家にいるよ、かみさんだよ。子どももね、父親のことを馬鹿にして、口も利いてくれないよ。
イガラシ君は翌日、宴会部長さんが定期券を忘れたので、自宅に届けてあげる。すると、娘さんが応対し、「お父さん、寂しそうにしてましたよ。私、大好きなんです。お父さんをかまってあげてください」とイガラシ君が言うと、娘さんは「これ、見てください」とある物をイガラシ君に手渡した。
週明けに職場でイガラシ君は宴会部長さんに“ある物”を手渡した。奥さんが針箱の底にそっと仕舞っていて、それをたまに見ては懐かしそうにしているという…。コントのために口髭を描いた顔をした若き宴会部長さんと、角材を持ってヘルメットをかぶった奥さんの二人の写真。あの日の思い出そのままのセピア色した写真を見た宴会部長さんは笑顔で、「びっくりしたなぁ、もう~」。
80年代への郷愁と青春時代の甘酸っぱい哀愁が詰まった素敵な高座に痺れた。