鈴本演芸場七月中席 柳家喬太郎「ハワイの雪」

上野鈴本演芸場七月中席二日目夜の部に行きました。今席は柳家喬太郎師匠が主任で「喬太郎企画ネタ尽きました、お客様決めてください」と銘打った興行。あらかじめ古典10席、新作・改作10席を列挙して、その中から古典1席、新作・改作1席をネット上で投票してもらい、それぞれの部門上位5位までを演じましょうという企画だ。全部で982票集まったとのこと。

古典落語の順位は①居残り佐平次②死神③井戸の茶碗③仏壇叩き⑤錦木検校⑥子別れ⑦文七元結⑧おせつ徳三郎⑨寝床⑩試し酒。新作・改作落語の順位は①ウルトラ仲蔵②残酷なまんじゅうこわい③任侠おせつ徳三郎④宴会屋以前⑤ハワイの雪⑥ハンバーグができるまで⑦一日署長⑧すみれ荘201号⑨孫、帰る⑩純情日記~横浜編~。きょうは新作・改作部門5位の「ハワイの雪」だった。

「金明竹」柳家小じか/「親子酒」柳家やなぎ/奇術 如月琉/「夫婦でドライブ」春風亭百栄/「穴泥」むかし家今松/ウクレレ漫談 ウクレレえいじ/「反対俥」林家彦いち/「団子坂奇談」入船亭扇辰/中入り/紙切り 林家楽一/「馬のす」橘家文蔵/三味線漫談 林家あずみ/「ハワイの雪」柳家喬太郎

喬太郎師匠の「ハワイの雪」。留吉の二つ下の幼馴染だった千恵子さんを今でも思っている気持ちにキュンと胸が痛くなる。「トメちゃんのお嫁さんになるんだ」と言って、将来は上越高田の地で一緒に雪かきしようねと堅く誓いあったのに。チイちゃんは「広く海外を見たい」と当時としては進歩的な考えを持った女性で、遠くハワイの地に行ってしまった。そして、太平洋戦争。チイちゃんは敵国の女性になってしまった。そして、留吉も死んだ婆さんと所帯を持った。ここで、孫のめぐみに「勘違いするな。嫌々所帯を持ったんじゃないぞ。わしは婆さんが好きだった」と言うのが素晴らしい。

「今さらなんだ。勝手にアメリカに行っておいて…でも、滅茶苦茶会いたい!」と言う留吉が可愛い。そして、晴れわたった空を見ながら「この青い空は世界中のどこにでも繋がっている。勿論、ハワイにも。この上越高田から千恵子さんの後生を願っていれば、それは必ず伝わるはずだ」と言う留吉はカッコイイ。

市主催の腕相撲大会ディープシニアの部で優勝すれば、ペアでハワイ旅行がプレゼントされる。“越後のトビウオ”留吉は、積年のライバルである“高田のサルスベリ”清吉と対戦、酒屋でビールケースを運んで現役バリバリの清吉が優勢と思われた…そのとき留吉が「チイちゃん、ごめん」と呟いたのが清吉の耳に入った。留吉の純情にほだされた清吉は勝ちを譲る。「わしの分までチイちゃんを看取ってやってくれ」。素敵な友情物語でもある。

そして、留吉はハワイの千恵子さんの自宅へ。庭で車椅子に乗って日向ぼっこしている千恵子さんに留吉が「チイちゃん!」と呼びかける。「嫌ね。とうとう焼きが回ったのかしら。誰かが呼んでいる。いよいよお迎えかしら」「いや、送りに来たのだ。わしだよ」「トメちゃんの声のような…」「会いに来た。久しぶりだな」「そんな上越高田にいる人がいるわけがないわ」「チイちゃん、目を開けてごらん」「あら、お久しぶり」。感動の再会である。

「良い人生だったらしいな」「はい、お陰様で。良い人と所帯を持って、子どもや孫にも恵まれて」「わしも良い婆さんと所帯を持ったよ。こんなじゃじゃ馬と一緒にならなくて良かったよ」「ご挨拶ね。でも、ごめんなさいね。約束守れなくて」「生きていれば色々なことがあるさ」。そう言って、留吉は日本から持ってきた葛籠を開ける。上越高田の雪を入れてきたのだが、当然溶けて何もなくなっている。「一緒に雪かきしようと…粗忽は治らんな」。

そこに雪が降ってくる。「雪だ。ハワイの雪だよ…この手に中に積もれ!…さあ、チイちゃん、手を出してごらん。この雪を引っ掻いてごらん。わしも引っ掻く。約束だ。一緒に雪かきができた」。留吉と千恵子の大昔の約束が叶ったのだ。それに安心したのか、千恵子はそっと目を瞑る。

「逝くか。わしもそろそろだ。もし本当に生まれ変わることができるのなら、同じ年回り、同じ土地に生まれておいで。今度は必ず所帯を持とう」。こう留吉が語りかけると、千恵子は「約束するわ。ありがとう」。こう言葉を残して息を引き取る。

「わしもすぐ逝く。ちょっとだけ、待っていてくれ。降るなあ…」。もし生まれ変わることができたら、一緒になろうと約束できる相手がいる留吉は幸せ者だなあ。雪の相方を弾く三味線の音が心に沁みる素晴らしい高座だった。