春風亭柳枝「徂徠豆腐」、そして三三と若手
「柳枝のごぜんさま」に行きました。「四段目」と「徂徠豆腐」だった。
先日発売された「東京人」3月号は落語特集で、落語協会所属の真打全員の名前が一覧になって掲載されたのだけれど、200人以上いる中で、なぜか春風亭柳枝師匠のみが記載漏れになっている。そのことを師匠自身は寧ろ「おいしい」と思ってツイートしたり、マクラで喋ったりしていたら、「東京人」編集部から謝罪の連絡が入ったそうだ。だが、その謝罪が「突っ込みどころ満載」の内容で、柳枝師匠はニガ笑いしていたが、少々気の毒に思った。こういうミスを出したとき、人間の了見が出るねえ。
「四段目」。旦那が「五段目の猪は前足が鴈治郎で後足が菊五郎だった」とか、「お軽と勘平が道行で踊っていた」とか、定吉にカマをかけて芝居を観ていたことを白状させるところ、面白い。判官切腹の場、上使の石堂右馬丞と薬師寺次郎左衛門の塩冶判官への切腹申し渡し、定吉が芝居掛かりで一人で何役も演じるところ、柳枝師匠がよく歌舞伎をご覧になっているのが伝わってきて、良い感じだ。
「徂徠豆腐」。荻生宗右衛門が「細かいのがないのに、大きいのがあると思うか」と上総屋七兵衛に一文無しを告白するところ、部屋いっぱいにある本を売ればいいじゃないですかという上総屋に「本は拙者の魂。魂を売るなら飢え死にする方がまし」と返した宗右衛門。その言葉を気に入る上総屋の優しさが良い。
上総屋が「明日から握り飯を持ってくる」と言うと、宗右衛門は「商売モノは後々代金を返済することができるが、おまんまを恵んで貰うと乞食になってしまう」と武士としてのプライドを大切にしているのも、また良い。それを受けて、上総屋はおからを醤油で味付けしたものを毎日届けるという…。美しい。
火事で上総屋が丸焼けになったことを知って、柳沢様に見い出されて800石取りに出世した荻生宗右衛門改め徂徠の感謝の気持ちとして、20両を渡し、さらに豆腐屋を再建する。そこに武士と町人という垣根を越えた友情を感じる。「世に出られましたね!」と喜ぶ上総屋が「一丁4文の冷奴を5丁で20文ですよ」と言うと、荻生徂徠は「あのときの20文は黄金の山より尊きものだった」と振り返り、「せまじきものは宮仕え。辛いことがあっても、上総屋の親切を思い出して頑張れた」。美談だが、それをさりげなく演じる柳枝師匠が素敵だった。
らくごカフェの「三三と若手」に行きました。
「蛙茶番」春風亭いっ休/「不動坊」柳家㐂三郎/中入り/「小言幸兵衛」柳家三三
いっ休さんの「蛙茶番」。舞台番を渋る半ちゃんをおだてるには、岡惚れしている小間物屋のミーちゃんを出せばいいという番頭のアイデアが効果覿面なのが愉しい。素人が白粉塗って、ギックリバッタリしても様にならない、そこを舞台番と逃げるところがさすが半ちゃん、人にモノを頼まれたら嫌と言えない江戸っ子、職人気質!
それでその気になった半ちゃんの趣向は“縮緬の褌”。見せるものを見せて、オチをとろう、町内広しといえども、これだけのものを持っているのは他にはいない!と意気込んだのはいいけれど…。湯屋から慌てて飛び出して。褌締め忘れたのをわからずに、「どーでぃ!」と自慢げな半ちゃんの姿を想像すると、目が点になっている観客の気持ちがよく判る。
㐂三郎師匠の「不動坊」。前半はお滝さんが女房になることが決まって、浮かれる吉公が愉しい。手拭いと鉄瓶を間違えて湯屋に行って、「皆さん、ありがとう」と手を振りながら湯船に入り、一人芝居がはじまる。「お滝さん、金が仇の世の中とは思いませんか」…「熱い涙を流して、私の心は埋まりません。水臭い」。鍛冶屋の鉄さん、チンドン屋の万さん、梳き返し屋の徳さんの悪口をずらりと並べて、「私は三年以前、一目合ったときから…あなたのことを…」。
後半は不動坊火焔の幽霊大作戦の万さんの間抜けっぷり。太鼓だけを持って来ればいいのに、そっくりチンドン屋のなり、背中に「大安売り」のビラ、顔は白塗りという…。理由を問うと、「せっかくだから」(笑)。瓶にアルコールじゃなくて餡子を詰めて持ってきて、「皆の笑顔が見たいから!」。他の2人に「うすのろ」と罵られると、「俺も馬鹿かもしれないが、お前たちだって馬鹿だろ!」。兎に角、笑いが止まらない高座だった。
三三師匠の「小言幸兵衛」。貸家札を見て訪ねてきた2人目の言葉の丁寧なところ。「お貸し頂けますでしょうか、先約がございますでしょうか、この段を伺いたく」…「仕立て職を営んでおります」。提灯なら貼りなむ、飴屋ならベトナム、小林さんならマグナム。
二十歳になる倅にまだ“決まった人”がいないと聞いてから、幸兵衛さんがそれまでの好意的な態度を一変させ、「長屋に心中騒ぎが持ち上がる!」と妄想を膨らますのが、いかにも落語で良い。十九歳になる古着屋のお花、お針の稽古で“袂の丸み”を習うのに、「男と女、することはひとつ」で、お腹に丸みが出ちゃうという…。二人の仲が生木を裂くようなことになり、芝居の幕が開く。浅黄幕が降り落ちて、水音の太鼓が鳴り、「迷子やーい」。倅が團十郎白猿、お花が七之助もしくは菊之助。しかも、倅の本名が鷲塚杢太左衛門って!幸兵衛さんの妄想がどんどん膨らんでいくのが愉しい一席だった。