立川談春独演会2024「庖丁」

「立川談春独演会2024」に行きました。芸歴40周年記念興行だ。今年1月から10月にかけて一カ月2回のペースで計20回の独演会が有楽町朝日ホールで開催予定である。第一回は1月13日で僕は都合が悪くて行けなかったのだが、そのときは「道灌」「明烏」「鼠穴」の三席だった。そして、きょうの第二回は「十徳」「白井権八」「庖丁」の三席だった。

「庖丁」。常みたいに見た目がいい男は女にもてるのをいいことに“女を食い物”のように扱う。それで何人の女が泣かされてきたことか。そういう男をギャフンと言わせる終わり方になっているのが、この噺の肝だと思う。

江戸に3年ぶり戻ってきた寅が再会した常は相変わらずだった。清元の師匠を女房にもらった、これがベタ惚れのバカ惚れで、尽くしてくれるのがかえって息苦しいと言う。新しいコレができたと小指を立て、その若い女に乗り換えたいと思っていると打ち明ける。でも、そう簡単に今の女房と別れたら、世間が許さないだろう、そういうことは判っているようだ。

そして寅に手伝ってくれと頼む間男狂言。俺の女房を口説いてくれ。そこに俺が乗り込んで、「間男見つけた!よくも亭主のツラに泥を塗ったな」と出刃庖丁を突き付ければ、女房も怯む。そして、田舎の宿場女郎として叩き売れば、30両にはなるだろう。それを山分けしようという。悪い了見だ。

素面(しらふ)じゃできないだろうから、酒を一升瓶で持っていけ。つまみは茶箪笥の鼠いらずの上の段の青い蓋の中に佃煮が入っている。糠味噌は台所の上げ板の三枚目、大根はまだ漬かっていない、蕪が丁度良く漬かっている。懇切丁寧に間男の段取りを指南する常は尋常じゃない。

寅は悪い男じゃないが、金欲しさに仕方なく常の言う通りに作戦を実行する。主人が不在の常の自宅を訪ねると、なるほど物堅い女房おあきが出てきて対応する。喉が渇いたと言って、お茶を出そうとするおあきに対し、手土産に持ってきた一升瓶の酒を湯呑に注いで飲み始める寅、「どうぞお見知りおきを」。

つまむものが欲しいと言って、「ございません」と応対するおあきを見て、ヘヘヘと笑いながら、寅がさも勝手知ったる家のように、鼠いらずから佃煮、台所の縁の下から蕪の漬物を取り出す様子を見て、おあきは啞然とするばかりだ。寅がおあきに酒を勧めると、「不調法なもので」とやんわり断るが、しつこくなると「飲みませんから、頂きません!」とピシャリと拒絶するところは流石である。

蕪の漬物を食べて、「美味い!大したものだ。こういうのはコツのものだよ。教えて教えられるものじゃないと婆さんが言っていた…糠味噌のいい味のおかみさんは…フフフ」と言う寅に対し、鋭く睨むおあきは怖い。「芸人さんなんですよね?清元の師匠と玄関の看板にありました。三味線の音を聴きながら飲むのが好きなんだけど…弾くわけないよね?…いいです。あっしが勝手に唄う」。

♬こころでとめて かえすよは かわいいおかたのためにもなろうと ないてわかれて またごげんもじ ちょきのふとんもよつゆにぬれて あとはものうき ひとりねするも ここがくがいのまんなかかいな~

寅が小唄を口ずさみながら、おあきの手を握ろうとして、叩かれる。さらにしつこくまとわりつくと、引っ掻く。抱きつこうとすると、殴る。それまでは冷たく対応していただけのおあきも遂に堪忍袋の緒が切れる。「何の真似だ!他人の女房に手出しして!猫がトタン屋根を引っ搔くような声出して!ブリのアラみたいなツラして!骨太で脂ぎってて、血生臭いからブリのアラだよ!」。

寅も金欲しさに常に言われた通りにやっていたが、もうこうなるとやっていられない。「俺だってしたくないよ!頼まれたからやっているんだ。誰がそんな馬鹿なことを頼むんだ?てめえの亭主に頼まれたんだよ!ヤケクソだ!」。とても信じられないという顔をするおあきに、「嘘じゃない証拠があるじゃないか。鼠いらずにある青の蓋が佃煮、大根じゃなくて蕪がよく漬かっている、そんなことが普通わかるか?すべて教えられてきたからだよ」。

おあきはハッとする。そして失望する。「人じゃないね、あいつは…。一緒になるについては、どれだけ世間を狭くしたか。なのに、挙句の果てに宿場女郎として売り飛ばすなんて!」。そして、寅の誠実が判って急ハンドルを切る。「お前さん、家にいればいい。独り身は大変なの。あいつには力じゃ敵わない。お前さんがいてくれれば…助けると思っていてください。私みたいなおばあちゃんじゃ、嫌?」。

半信半疑の寅に対し、おあきの一言が効いた。「男は顔じゃない。男は誠。今度のことでよく判った」。これで取引成立だ。おあきは“私の大事な人”である証拠に仕立て直した着物に着替えさせ、用意していた御膳を前に「私のお酌で一献やっておくれ」。対する寅も「受けてくれないか?…飲めるじゃないか」。あとはやったりとったり。おあきは寅にしなだれかかる。大逆転劇だ。

常が「間男見つけた!勘弁できねえ!」と乗り込んできても、後の祭りだ。おあきに塩を撒かれて、退散するしかない常は哀れ。というか、自分で蒔いた種だ。

不器用におあきを口説こうと必死に芝居をする寅の誠実さが最終的におあきの女心を射止めたという…。そこの二人の心理の変化が実に丁寧に描かれて、気持ちの良い高座であった。