壽初春大歌舞伎「荒川十太夫」と「狐狸狐狸ばなし」

「壽初春大歌舞伎」昼の部に行きました。「當辰歳歌舞伎賑」(五人三番叟&英獅子)「荒川十太夫」「狐狸狐狸ばなし」の三演目。

赤穂義士外伝の内「荒川十太夫」は一昨年10月の初演に続いての再演だ。令和4年度の大谷竹次郎賞、文化庁芸術祭賞・芸術祭優秀賞を受賞している。

切腹に臨む堀部安兵衛に対する尊敬の念ゆえに、荒川十太夫は身分を偽ってしまった…。その後に抱えた苦悩と葛藤に思いを巡らせ、涙した。

五両三人扶持の徒士の身分である十太夫が物頭役と偽って、赤穂義士の祥月命日に墓参をしていたのはなぜか。松平隠岐守定直(坂東亀蔵)が直々に取り調べ、涙ながらに物語る十太夫の言葉が静寂の中、胸に響く。

切腹刀を手にした安兵衛(市川中車)が、介錯役の十太夫(尾上松緑)に名前と家中での役目を尋ねる。勇猛果敢な武士として名を知られ、馬廻り役として200石を賜っている安兵衛に対し、軽輩の身の自分が介錯を務めると知ったら、安兵衛はさぞ悲しむであろう。それゆえに物頭役と答えた。

安兵衛は満足気にあの世に逝ったけれど、十太夫はその日以来、自分のしたことは身分詐称の罪であり、間違いではなかったかと自問自答を繰り返した。それゆえ、赤穂義士の忌日忌日には必ず物頭役の身なりで墓参していた…。

それも物頭役の身なりや人足を調えるために、妻とともに楊枝削りなどの内職をして金子を調達していたと聞き、隠岐守は赤穂義士にも勝るとも劣らない侍だと讃える。

騙されて心地よく咲く室の梅。泉岳寺和尚長恩(市川猿弥)が詠んだ句が印象的であった。

北條秀司作・演出「江戸みやげ 狐狸狐狸ばなし」。酒のみで怠け者のおきわ(尾上右近)は、近くの閻魔堂に住む破戒坊主の重善(中村錦之助)と割りない仲になった。邪魔でしょうがない亭主の手拭染屋の伊之助(松本幸四郎)を毒殺しようと行動に出る。

見事に誰にも知られることなく重善と共謀して伊之助を殺し、河豚に当たって死んだように事を運び、千住の焼き場で死骸を葬って、二人で江戸を去ろうと話がまとまったが…。

だが、確かにお骨になったはずの伊之助が自分の家で以前と変わらずに飯の支度をして、洗濯物を干している!さては伊之助の幽霊か?戦々恐々とするおきわと重善たちは幽霊かどうか確かめるために、もう一度、伊之助を殺そうと企み、暗闇で滅多打ちにして息絶え、沼に沈めたはずなのに…。

実はこれはすべて伊之助がおきわを懲らしめるために、狂言作者に書かせた狂言で、おきわ側についていた雇人又市(市川染五郎)は伊之助側の人間だったという…。

狐と狸の化かし合いよろしく、男と女の色と欲が絡んだ騙し合いを抱腹絶倒、コミカルな怪談仕立てに拵えた、さすが北條秀司先生の最高峰作品だと思った。