新宿末廣亭十二月中席 神田伯山「南部坂雪の別れ」

新宿末廣亭十二月中席四日目夜の部に行きました。今席は神田伯山先生が主任の興行、一階席は前売指定券、二階席は前売自由席券が販売されて大変にありがたかった。初日から「安兵衛駆け付け」「赤垣源蔵 徳利の別れ」「大高源吾」と義士伝が並び、きょう14日は討ち入りという特別な日。「南部坂雪の別れ」が掛かった。ヒザのできたくん先生はお客さんの「赤穂義士伝の神田伯山先生」という難しい注文に応えて、見事に発泡スチロール作品を完成させていた。すごい!

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伯山先生の「南部坂雪の別れ」。義士伝のテーマは別れ。心の中だけで瑤泉院に別れを告げるという大石内蔵助の生き方の美学に痺れた。

瑤泉院の「よう参った。一日千秋の思いで待っていたぞ。近いのであろう?討ち入りは近いであろう?」という歓待に、大石はここで知らせれば瑤泉院は喜ぶかもしれないが、慎重である。ここにいる8人の腰元の中に上杉か吉良の間者がいるかもしれない。あと半日経てば、全てをわかってくれるはず…。

ゆえに大石は冷たい反応をする。「討ち入りなぞ考えたこともありません。人間の心は移り変わりやすいもの。もし、失敗すれば物笑いの種になるだけ。討ち入りはありません」。それでも瑤泉院は「安心いたせ。ここには怪しい者はいない。本心を伝えておくれ」と訊く。

大石は心を鬼にする。「かつては三千石の筆頭家老だったが、今では痩せ浪人になってしまった。それも殿ゆえ。仇討など毛頭なく、恨みこそあれ、何もする気はありません」。瑤泉院は食い下がる。「何故、偽りを言う?重々わかっておる。敵を欺くためであろう?教えておくれ」。それでも大石は「毛頭考えてもいません」。瑤泉院は「この殿の位牌の前で言えるのか?」。

大石は五臓六腑を掴まれる思いだ。そして、「自業自得かと」。この言葉に瑤泉院は怒った。「お前は犬侍、畜生侍に成り下がったのか。情けない」。持病の癪が起き、「二度とこの屋敷に踏み入るな!」と声を荒げた。大石も忸怩たる思いであったろう。

大石は戸田局と別間で話す。だが、やはり用心して本心は明かさない。戸田局の兄の小野寺十内は祇園で幇間、弟の幸右衛門は車力として野菜などを運んでいると噓八百を並べる。「町人の方が肌が合う。刀は質屋に入れたそうです。侍には見切りをつけたとのこと」。そして、紫の袱紗包みを渡し、「腰折れ歌」だと言って、瑤泉院に渡すように頼む。これが仇討同士血判状だとは、そのとき戸田局には知る由もない。

屋敷を去るときの大石の心情を空模様に表現しているのが素晴らしい。雪というのは何故こうも美しいのか。一点の曇りもない。「侍はかくありたい」という台詞が胸を打つ。

紅梅という腰元が吉良方の間者だと判明し、“腰折れ歌”が血判状だと判った戸田局が寝床に就いた瑤泉院を起こして、事の次第を話す。瑤泉院は手が震えて血判状が読めない。代わりに戸田局が四十七士の名前を読み上げるとき、聴き手の心も震えた。「内蔵助はどのような思いで?」「おそらく別れを告げに」。瑤泉院と戸田局の言葉のやりとりに、大石内蔵助の浅野内匠頭と瑤泉院、そして赤穂藩全体に対する愛情が溢れていたような気がした。