まんきつの森へ、そして真山隼人ツキイチ独演会

「まんきつの森へ~三遊亭萬橘独演会」に行きました。「四段目」と「佃祭」の二席。

「四段目」。よく歌舞伎座で萬橘師匠の姿をお見掛けする。お芝居が好きというのもあるだろうが、勉強熱心なんだと思う。きょうの定吉が蔵の中で一人何役もこなして、判官切腹の場を演じるところ、大熱演だった。定吉が本当に芝居気違いなんだなあというのが、よく伝わってきた。

旦那が定吉に芝居を観ていたのだろうと鎌をかけるところ、五段目で猪が定九郎を銃で撃つとか、菊五郎が猪役で花道で六方を踏んでさがるとか、とっても破天荒な演出を言い並べるのも愉しかった。

「佃祭」。情けは人の為ならず。次郎兵衛さんが3年前に吾妻橋で若い娘に5両を渡して身投げを助けたことが、佃の終い船に乗らなかったために溺れることなく命が助かったことに繋がった。呼び止めたその女性は次郎兵衛さんを「命の親」と呼ぶが、次郎兵衛さんにとっても、その女性は「命の親」なわけで、お互い様という図式がいい。

その女性と一緒になった佃の船頭の金兵衛は夫婦で毎日、神棚に手を合わせ、“吾妻橋の旦那”と呼んで感謝していた。次郎兵衛さんは善行したのだが、女房のたまは、とても焼き餅妬きで、「若い娘だったから、5両も渡して、助けたんだ」とそのときは嫉妬し、次郎兵衛さんを家から締め出してしまったというのも、今となっては笑い話だ。

女房たまは終い船が着く刻限なのに次郎兵衛さんが帰ってこないと心配し、長屋中を回って「どこに女を囲っている?額に“佃祭”という焼き印を押してやる!」とイライラしているのも可笑しかった。どっこい次郎兵衛さんは大変な愛妻家で、左の二の腕に“たま命”と彫り物をしているのだから、お似合いの夫婦である。

夜は「真山隼人ツキイチ独演会」に行きました。毎回、三席中一席はエッセイ浪曲と称して、隼人さんの身の周りで起きた出来事を節に乗せて唸っている。今回は、先月のあの“三味線紛失”の顛末記だ。隼人さんと曲師の沢村さくらさんが横浜にぎわい座での高座を終えて、新横浜から新幹線に乗ろうとしたときに、さくらさんの三味線が無いことに気付いた。SNS等で呼びかけをしたところ、50万人の方が見てくれた。その甲斐あってか、数日後に新横浜駅の忘れ物センターから連絡があり、無傷で三味線を受け取ることが出来たそうだ。良かった、良かった。

「三味線紛失の條」/「岩見重太郎」/中入り/「ぬれ手拭い」

「岩見重太郎」。岩見家の次男坊、重太郎は7歳で武芸の修行のために親許を離れ、19歳で独り立ちを許され、姫路の実家に戻った。だが、師匠の教えは「バカになれ」ということ。なまじ腕が立つからと言って鼻にかけるのではなく、謙虚でいなさいということなのだろうが、重太郎のバカのふりは徹底していたというのがとても可笑しい一席だ。

その作り阿呆は、両親が心配して医者に診せるが、その医者さえも見抜けない。だが、飛騨守息女の菊乃井は違った。重太郎の“目の据わり方”、これは真のバカじゃない、と。そして、歌を贈る。「身はここに 心はあなたの懐に」。これに対し、重太郎はこう返す。「振り返り見る桜かな」。これで、菊乃井は確信し、重太郎に惚れる。

この後、岩見重太郎は日本一の武芸者として活躍することになるが、その生い立ちという部分になるのだろうか。

「ぬれ手拭い」。しっかり演じると1時間かかるそうで、前編をきょうの日本浪曲協会定席で、そして後編をこの独演会でうなるという変則的な形となった。昼の定席から聴いているお客様も大勢いるみたいだったが、隼人さんがダイジェスト版で演じてくれたので、良く分かった。

深川木場の妙法院の住職、妙念は病気で寝たきり。その後妻に入ったお仲という女は酷い女で、新助という男と不義密通した上に、妙念を暗殺し、財産を奪ってしまおうという計画を立てる。先妻の娘のお菊も邪魔だから殺してしまう算段で、お仲と新助は作戦を実行するが…。

妙念の眠っている間に、顔にぬれ手拭いを被せ、窒息死させる。だが、死んだはずの妙念がお仲の前に現れる。おかしいと思い、妙念の死骸のある部屋に行くと、死骸はなく、ただ枕の上にぬれ手拭いがあるばかり。

薬屋の近江屋に妙念の薬を取りに行くようにと、お菊に命じ、その途中の永代橋で新助が殺害するはずだったが、近江屋に現れたのは、雨に濡れた坊さん、即ち妙念だった。

怖ろしくなった新助は妙念を永代橋で匕首で斬るが、手応えがない。右手に提灯、左手に手拭いを持った妙念は「お前たちもこのぬれ手拭いで死ぬがよい」と言って、お仲と新助を川へ突き落す。

橋の上には妙念がいる。親亡き子どもとなったお菊の行く末を父親の妙念は案じている…。もっぱら義理や人情を描く浪花節とは異なり、陰惨な場面が続き、怪談の要素もあるこの読み物をうなる隼人さんに浪曲の新しい可能性を感じると同時に、改めてこの「ぬれ手拭い」をフルバージョンで聴きたいと思った。