春風亭柳枝「大工調べ」素直で可愛いキャラクターの与太郎に肩入れしたくなる。細工は流々仕上げを御覧じろ。
国立演芸場で「春風亭柳枝真打昇進襲名披露」を観ました。(2021・05・19)
都内4軒の真打昇進披露が終わって、残すは国立演芸場。柳枝師匠にとっては、10回目の披露目で、つまりこれが本当の大千穐楽になる。国立の披露目は一門の師匠たちが口上に並ぶのが特徴で、柳枝の師匠・正朝の兄弟子、つまりは柳枝の芸の上での伯父に当たる小朝師匠が並んだ。そして、正朝の師匠・柳朝の師匠である八代目正蔵(のちの彦六)の弟子である木久扇師匠も並んだ。大伯父に当たるのかしら。
小朝師匠は大名跡復活を冷静な目で語った。正太郎なら芸はしっかりしているし、勢いがあるし、明るくて人柄もいい。新しい柳枝誕生に誰の反対もなかった。そこには師弟の愛情物語があるという。この大きな名前、本来だったら正朝が継いで、その次に正太郎が継ぐということも考えられた。しかし、いきなり愛弟子にポン!と大名跡を渡す段取りをした。どれだけ正太郎は正朝に愛されていることかということです、と。その恩返しをこれからはしていかなきゃいけない。寄席では1年に何回かはトリを務める器になってほしいし、それ以外のときでも休席をしないで寄席を彩ってほしいと課題を与えた。
師匠・正朝は「俺の名前はどうでもいい」と断ってから、何よりも嬉しいのはこの口上に木久扇師匠に並んでいただいていることだと言った。自分が真打になった昭和61年、35年前の披露口上に師匠の柳朝は病気療養で上がることができなかった。そのときに親代わりに並んでくれたのが、当時の木久蔵師匠だった、あの時の恩は忘れない、と。新しい柳枝は師匠の正朝に10回全部並んでもらった。幸せなことである。
三遊亭伊織「四人癖」/五明楼玉の輔「ざいぜんごろう」/ロケット団/春風亭小朝「池田屋」/林家木久扇「明るい選挙」/口上/春風亭正朝「初音の鼓」/アサダ二世/春風亭柳枝「大工調べ」
柳枝師匠の人柄は噺に現れる。兎に角、明るく朗らかだ。だから、この噺に出てくる与太郎も素直で可愛いという印象でとても気持ち良く聴ける。棟梁が滞っている店賃を肩代わりしてやるのも、与太郎が可愛いからに相違ない。
与太郎は腕が良い大工だ。一人前以上の仕事をする。だから、棟梁は可愛がっているという一面もあるだろう。ただ、如何せん、素直すぎるから、棟梁との内輪話をそのまま大家さんに伝えてしまって、しくじってしまう。手先が器用なのと、生き方が器用なのは少し違うのだということを、この噺は教えてくれる。
棟梁は大家さんに対して、あくまで低姿勢であと800を負けてもらえないかと交渉するが、大家さんも頑固だ。挙句の果てには、町役人の立場から偉そうに「雪隠大工」とまで言ってしまう。柳枝師匠は大家さんをあくまで「因業」に演じた。そこで棟梁がキレるタイミングを作る。流暢な啖呵も、技巧としてでなく、肚に落ちる啖呵である。なるほど、「大家さん、負けてやってもいいんじゃないの」という理に適った啖呵だから気持ちが良い。
お白州までいく通しで演じた。ここでも与太郎は素直すぎる。お奉行様が「そのような悪口雑言はまさか言うまい」と仕向けるも、「いえ、いいました」と正直だ。これで与太郎はバカだとは思わない。与太郎はそれでいいんだよね、と思わせてくれる。
最終的には大家が質株を所持していなかったのに、道具箱を20日間も留め置いたとして、その期間の大工の手間賃を払わせるという名裁き。与太郎の懐に3両3分2首が入るという算段に溜飲が下がる。細工は流々仕上げを御覧じろ。正統派の中に、どこか柳枝師匠らしい味が醸し出された「大工調べ」。これからも多くの古典と呼ばれる噺を柳枝カラーにちょっとだけ染めて、愉しませてほしいと思った千穐楽だった。