落語教育委員会、そして立川らく兵 落語の花道「宿屋の富」「抜け雀」

落語教育委員会に行きました。

オープニングコント 土俵物言い編/「権兵衛狸」入船亭扇兆/「鹿政談」三遊亭歌武蔵/中入り/「だくだく」三遊亭兼好/「路地裏の伝説」柳家喬太郎

コントが面白かった。歌武蔵師匠が勝負審判役で、黒紋付で眼鏡をかけて土俵を見守っている様子はまたに適役。物言いがついて、協議しているときにビデオ室と繋がっているイヤホンを耳にかけて意見を聞くところが、すごいリアルだ。だが、それ以上にツボだったのは、兼好師匠の呼出役。もんぺのような、正式には裁着袴(たっつけばかま)を履いて、箒で土俵を掃く姿が実に板についていて、可笑しかった.

喬太郎師匠の「路地裏の伝説」。主人公の実家が大宮、自宅は赤羽、勤務先は浮間舟渡というのが笑える。チーズ鱈、確かに真ん中はチーズだけど、両脇は和紙では?というのも可笑しい。

昭和世代の僕らにはドンピシャの懐かしい流行が愉しい。ネッシー、ヒバゴン、ツチノコ、なんちゃっておじさん、口裂け女。あの頃、マスクをしているのは、風邪をひいている人か、全学連、べ平連、赤軍派…。親父の遺品から出てきた、平凡パンチ創刊号、GORO、スコラ。GOROの表紙が栗田ひろみ!秋元圭子!興奮する喬太郎師匠を見ているのが幸せだ。

「立川らく兵 落語の花道」に行きました。「目黒のさんま」「宿屋の富」「抜け雀」の三席。

「宿屋の富」。一文無しの主人公が宿屋主人に法螺を吹くところ。腐るほど金がある、千両箱が蔵で唸っている、金が増えて困るので大名に貸すと利子をつけて返すのでさらに困る…。奉公人も数が多すぎて、かえって仕事が捗らない。離れを新築したので見に行くのに、七日かかった。だから、こうして小汚い格好をして小汚い宿屋に泊まれば、かまわれなくて嬉しい、とまで言うのが可笑しい。

湯島天神の富くじ抽籤の様子で「二番富が当たる」と確信している新ちゃんという男も愉しい。一反の布を買って財布を作り、五百両を小銭に替えて懐に入れ、吉原をひやかす。女郎をこの財布で驚かした後に、身請けして、湯に行って、御膳には刺身、鰻、玉子焼き、そして酒。やったりとったりして、「寝ましょ」。起きて湯に行って、お膳には…これを繰り返す。もし当たらなかったら、「うどん食って寝ちゃう」。それほどまでに富くじは江戸庶民の夢だったのだろう。

主人公の一文無しが一番富の当たり番号の掲示を見たところ。子の千三百六十五番。当たらねえもんだな…少しの違いだ…どこが違う?…一つ違いだ…違っている?…アタ、タ、タ、タ…懐がない!慌てふためきようの人物描写が肝の噺だ。らく兵師匠の一文無し、なかなか良かった。

「抜け雀」。小田原宿の宿屋に一文無しで泊まった狩野派の若い絵師が五両の形(かた)に衝立に描いた五羽の雀は朝日が差し込むと一斉に衝立を飛び出し、向かいの屋根に止まり、暫くすると衝立にピタッと戻る。この噂が広まり、大久保加賀守が百両で買い求めたいと言うが、宿屋主人は絵師との約束を律義に守り、売らないところが僕は好きだ。

やがて初老の武家が訪れ、この衝立の雀を見て言う台詞。「名人の作か。わしに言わせれば素人に毛が生えたようなものだ。まだまだ心の至らぬ奴だな」。父親の息子を思う気持ちが詰まっている。そして、この雀は止まり木がないので、くたびれて死ぬと言って、衝立に鳥籠を描く。それが「まだまだ修行を積みなさい」という父としてのメッセージなのだろう。

そして、一文無しだった絵師が立派な身なりをして宿屋に戻って来たときに、主人から鳥籠の一件を聞き、衝立の前で深々と頭を下げる。「ご壮健でお喜び申し上げます。親不孝の段、平にお許しください」。

この後、この絵師と父親が再会したかどうかは触れていない。おそらく若き絵師は立派に成長し、父親にも認められる「名人」となって、狩野派の後継者になったに違いないと思う。そんな余韻を残した高座だった。