神田松麻呂独演会「水呑の龍」「楠木不伝闇討ち」「八丈島物語」、そして立川笑王丸の道をひらく「黄金餅」

神田松麻呂独演会に行きました。「左甚五郎 水呑の龍」「慶安太平記 楠木不伝闇討ち」「八丈島物語」の三席。

「水呑の龍」。寛永寺の鐘楼堂の欄間の東西南北、四カ所に四人の名人各々に龍を彫らせたいという将軍家光の命を受けた松平伊豆守が大久保彦左衛門に相談する件。大坂の善兵衛、佐野の吉兵衛、江戸の源太郎の三人の名前は挙がったが、もう一人をどうするか。彦左衛門が推挙したのが甚五郎だったが、甚五郎は「龍は彫ったことがない」と一旦は断るところに、名人気質を感じる。

世話になっている彦左衛門たっての願いとあって、引き受けるが、さてどうしたものか。「本物の龍を見たい」と弁天堂に願を掛けるところも、甚五郎らしい。果たして、お百度を踏んでいた茶店の娘と出会い、七日目に不忍池に身投げする娘を目撃…すると、池の中から龍が飛び出し、天をめがけて昇る姿が!賽銭箱の横で眠ってしまった甚五郎の夢だったというのは、甚五郎モノには珍しいファンタジーだと思った。

これをきっかけに、甚五郎は龍を彫り上げるわけだが、他の三人の龍が精巧な彫物であったのに対し、甚五郎のそれは「おおざっぱで、荒い」という評価。だが、実際に鐘楼堂の上にあげてみると、他の三人の作はぼんやりぼやけてしまい、逆に甚五郎の龍は「空に昇るが如く」見事なものだったというのも、理屈が通っていて興味深い。

その上で、甚五郎の彫った龍の下だけ、小僧が朝掃除に行くと水で濡れているというのは、夜中に龍が池に水を呑みにいくからだという…。名人甚五郎の彫ったものには魂が宿る。他の甚五郎の読み物にも通底するテーマを感じた。

「楠木不伝闇討ち」。紀州の徳川頼宣に寵愛されるも、安藤帯刀の讒言によって失脚した由井正雪だったが、そんなことで諦める人物ではない。昔の恩師・楠木不伝を利用して、末には日本六十四州に名を挙げようという策略家ぶりが面白い。

江戸でも不伝に可愛がられ、師範代となった正雪は娘おしげと夫婦になって婿入りし、楠木家の家督を相続してほしいと言われた。だが、正雪はこんなところでくすぶっているわけにはいかない。幸い、村上信五がおしげと良い仲になった。不伝はこれを認めず、村上を破門し、おしげも神楽坂の坪井良秀という知人に預けてしまう。これを巧く利用するのが正雪の正雪たる所以だ。

「不伝は妻おたきの連れ子であるおしげを妾同様に扱い、神楽坂に通って慰みものにしている。今こそ、不伝を討って、おしげを助けてあげるべきだ」。根も葉もないことを正雪は村上に吹きこみ、不伝殺害を唆す。その上で、正雪が村上を「恩師の仇討」として斬って捨て、江戸中の評判を呼ぼうという陰謀である。

果たして、策略通りに事は進み、正雪は楠木道場を自分のものにすると同時に、沢山の入門者を集め、道場を張孔堂と名を改め、幕府転覆への第一歩を踏み出すという…。一席モノとしても楽しめる高座に仕上がっていた。

「八丈島物語」。福島正則の命を受けて、徳川家康に酒百樽を献上する役目を背負った大兼金右衛門の情け深さに感じ入る。海が荒れ、八丈島に漂着した一行は無人島であるはずの島に、かつて正則の盟友だった宇喜多秀家が流人として暮らしている姿に出会う。酒を所望する秀家に対し、金右衛門はノーとは言えなかった。痩せ衰えた秀家に哀れを感じ、決断をする。

徳川家献上の命を果たさなかった失態を責められても、切腹覚悟で目の前にいる秀家に酒を飲んでもらおう。船から一つの樽を運ばせ、封を解いて、柄杓に酒を汲み、秀家に手渡す。秀家は柄杓になみなみと汲まれた酒に自分の姿が映っているのを見て、「昔を思うまい」という心が揺れる。

空に月が浮かんでいる。都の空に浮かんだ名月を愛でながら飲む酒も良いが、八丈の配所の空に浮かぶ名月もまた良いものだ…。秀家の感慨は金右衛門にも伝わり、やがて引き返した芸州の福島正則に胸にも響いたのだろう。秀家の処分は解かれなかったが、八丈島に木材が運ばれ、家屋が建ち、衣服が整えられる。そして、八丈島は流罪の島となり、秀家は多くの罪人に人の道を説き、敬われる存在として生涯を終えたという…。心に滲みる読み物である。

「立川笑王丸の道をひらく」に行きました。「牛ほめ」と「黄金餅」の二席。ゲストは立川志の太郎さんで「厩火事」だった。

「黄金餅」。師匠談笑の型をほぼ踏襲している。下谷山崎町から麻布木蓮寺までの道中付け、見事な言い立てだった。実際に歩いてみたそうだ。およそ10キロ、大人の足で2時間半。噺の時代に当然道路は舗装されていないし、死骸を担いで歩くのはさぞ大変だろう、と。

貧民窟に暮らす人たちの金への執着がテーマだと思う。願人坊主の西念は貯め込んだ金に念が残って死ねない。金兵衛に餡ころ餅を二朱買ってきてもらい、餡を取り除いた餅に一分金、二分金を包んで飲みこむ。この金を他の誰にもやりたくないという西念の執念がおそろしい。

木蓮寺で弔いを済ませた後、精進落としの食い物を期待していた長屋の衆だが、金兵衛が「西念さんが遺言で『天井裏だけは見ないでくれ』と言っていた」と唆すと、全員が一目散に寺から下谷まで急ぐという…。これもまた、貧乏人の金への執着である。

秀逸なのは、金兵衛が西念の死骸を背負って焼き場に向かう道中。「やっと二人きりになれたね…俺は西念さんのことを本当の親父のように思っていた。ゴミ溜めのような長屋から一緒に抜け出して、幸せになってもらいたかった。天婦羅蕎麦を食べたり、芝居見物をしながら寿司をつまんだり…俺たちだってそういう暮らしをしたかったよな」。こう言っている金兵衛に背中の死骸が「金さん!」と反応する。金兵衛は慌てて、西念の首を絞め、「生き返ったかと思った…」。自分独り生きるだけで精一杯な最下層の人間の狂気みたいなものを感じた。