【アナザーストーリーズ】引退~長嶋茂雄のラストシーズン~

NHK―BSで「アナザーストーリーズ 引退~長嶋茂雄のラストシーズン~」を観ました。

ミスター・プロ野球と称された長嶋茂雄は1958年に巨人軍に入団し、74年に引退した。65年から73年に巨人は日本一9連覇を達成、17年間で3割以上の打率を11回記録し、首位打者6回、打点王5回獲得している。引退した74年は2割4分4厘、巨人も優勝を逃している。

長嶋を73年、V9を達成した年に引退させようと川上哲治監督は考えた。衰えが見え、日本一を花道にして、翌年には監督に就任させようと考えていたのだ。生涯打率3割を維持し、金看板に傷をつけたくないという親心だった。だが、73年11月の慰労会で川上が「今年で辞めろ」と言ったとき、長嶋は正座をして「あと1年、やらせてください」と懇願した。3番4番5番バッターは無理でも、6番でも7番でもいいと言う。川上はその熱意に押され、長嶋の決意表明を受け入れた。

74年に入ると、長嶋は全体練習の後もトレーニングを続け、その狂気は覚悟に映った。そして、開幕戦。5年連続アーチを放ち、4月終盤には打率を3割に乗せた。だが、5月以降は不振が続く。6月にはスタメンから外された。打てない。捕れない。苦悩と苛立ち。だが、周囲には機嫌の悪いところは一切見せなかったという。

長嶋は自分は天才じゃない、努力型だという。練習の鬼だった。努力は人に見せるものではないとも思っていた。9月には打率が2割前半まで落ち、リーグ優勝は中日が10月12日に決めた。その直後に引退表明。日本中が騒然となった。

10月14日の引退試合。その日の朝、自分の子供たちのところにやって来て、「パパはきょうでやめるから」と言った。野球のことを子供に語るのは、最初で最後ではないか、これだけは伝えておきたかったのではないかと娘の三奈は振り返る。そして、最終戦。4番サード長嶋。第3打席でセンター前ヒットを放つも、最終打席はショートゴロのダブルプレーに終わった。生涯打率は3割5厘だった。

柴田勲は「神様のような存在。ひとつの歴史が終わったと思った」。黒江透彦は「もう三遊間は組めないのかと感慨深かった」。末次利光は「涙を堪えるのに必死だった」。堀内恒夫は「成績よりお客様に喜んでもらうことを大切にしていた。野球の伝道師だ」。V9戦士たちはそれぞれに振り返った。そして、長嶋はファンに向けてこう言った。私は今日引退いたしますが、わが巨人軍は永久に不滅です。

10月14日はダブルヘッダーだった。第1試合の後に「もうひとつの引退セレモニー」がおこなわれた陰には、巨人軍広報部長の小野陽章の決断があった。10月10日、後楽園球場の会議室で引退セレモニーの打合せがあった。出席者は長嶋のほかに、小野、後楽園球場副支配人の丸井定郎、一軍マネージャーの山崎弘美。この場で長嶋は「ファンに挨拶するため、客席沿いにグラウンドを一周したい」と提案した。だが、丸井は警察の警備課長から「混乱しないように」と厳しく言われているため、「それだけは諦めてほしい」と言った。長嶋は「わかりました」と提案を取り下げ、「迷惑をかけちゃいけない」と言った。

第1試合の第2打席、長嶋は通算444号となるホームランを放つ。7回が終わったとき、長嶋は小野に近づき、「(場内一周を)やりましょう。やれますよ」と言った。5万人の観客によるパニックを予想した小野はOKを出せないと思ったが、「ミスターの最後の願いを叶えたい」という責任感が勝った。「何かあれば、俺が辞めればいい」と思い、OKを出した。

第1試合が終わった午後2時10分。長嶋はふらりとベンチを飛び出し、外野席へ向かった。歓喜するスタンド席。誰一人としてグラウンドに飛び降りる者はいなかった。「辞めるな!」「まだ、やれる!」と声援が飛んだ。長嶋はプロになって初めて涙を見せた。17年間の選手生活を支えたファンに御礼をしたい。その長嶋の気持ちをファンは厳粛に受け止めたのだ。小野は「お客様の顔が違っていた。決断は間違っていなかった。わが人生に悔いなしです」と振り返った。

長嶋はいつも試合が終わって帰宅すると、素振りを欠かさなかったという。その特訓をニッポン放送のアナウンサーだった深澤弘だけが見ることを許された。長嶋は深澤に「敵のチームのエースのフォームで投げる真似をしてくれ」と頼む。「(大洋の)平松(政次)で来い!」「(広島の)外木場(義郎)で来い!安仁屋(宗八)で来い!」と注文し、バッティングフォームのチェックに余念がなかったという。なぜ、深澤に頼んだのか。それは監督の川上も、コーチの牧野も荒川も長嶋茂雄という圧倒的存在に遠慮し、何も言えなかったからではないかと推測した。一人でいる時間を大切にした。孤独と向き合うからこそ、それが球場で生きるのだ、と。

それは監督に就任してからもそうだった。「孤独に逃げることは野球の勝負師は駄目だね。でも孤独がない人は全然駄目だよ」。そうやって、長嶋茂雄は長嶋茂雄であり続けた。

「雨ニモマケズ、風ニモマケズってあるだろう。そんなつまらないことはない。雨を喜び、風を楽しむ。それが俺たちの生き方なんだ」。常にプラス思考、明日が駄目なら明後日にしよう、常に前向き、それが人生において大事なこと。長嶋茂雄の人生観を素晴らしいと思った。