夏の文菊 精選十夜 古今亭文菊「庖丁」「もう半分」

上野鈴本演芸場七月上席夜の部六日目に行きました。今席は古今亭文菊師匠が主任を勤め、「夏の文菊 精選十夜」と題したネタ出し興行だ。①稽古屋②青菜③猫忠④鰻の幇間⑤唐茄子屋政談⑥庖丁⑦水屋の富⑧もう半分⑨船徳⑩心眼。きょうは「庖丁」だった。
「道灌」柳亭市悟/「鼓ヶ滝」林家彦三/太神楽曲芸 翁家勝丸・丸果/「狸賽」古今亭志ん丸/「松曳き」柳家小平太/漫才 風藤松原/「車内販売の女」古今亭駒治/「酢豆腐」古今亭菊之丞/中入り/紙切り 林家楽一/「猫の皿」志ん陽/粋曲 柳家小菊/「庖丁」古今亭文菊
文菊師匠の「庖丁」。久次の悪巧みに寅は金欲しさから引き受けてしまう悲しさ。寅が久次の女房おあきを口説いて、その現場に久次が乗り込み、「間男見つけた」と言って、おあきを「田舎の芸者に売り飛ばす」という算段だが、寅がおあきを口説ける器量はどう見てもない。
それでも、寅は酔った勢いで久次に教えられた通りに、佃煮を鼠要らずの二段目から取り出し、糠味噌桶を上げ板の三枚目から持ち上げ、洗って刻むところ。おあきはさぞ気味が悪かったろう。おあきは「肴は生憎ないんです」と言うと、寅は「では出しましょう。面倒くさい」と言って、初めて入った家の鼠要らずや縁の下のことがすっかりわかっているんだもの。
「ご返杯」と寅が飲んだ盃をおあきに渡そうとすると、「不調法なものですから、いただけない」と断られるも、「舐める程度でいいんです。差しつ差されつが美味いのに」と言って無理に勧めると、「結構でございます!」とピシャリと拒まれてしまうのも当然と言えば当然だろう。
それでも虎は任務を遂行しようと、♬八重一重山も朧と薄化粧~と口ずさみながら、何度もおあきの体に触れようとする。手を叩かれ、頬を叩かれ、終いには頭を殴られても、寅は頑張るが…。ついにはおあきが「女を口説く顔かい!?このダボハゼが!てめえの面を見やがれ!」と言ったものだから、寅も尻を捲るしかない。「俺だって好きでやっているんじゃない!てめえの亭主に頼まれたんだ!」と、この狂言のからくりを全てぶちまけるのは男の意地と言えよう。
これによって、事情が呑み込めたおあきが態度を豹変して、寅の見事な逆転ホームランになるところが、この噺の肝だろう。「寅さんに折り入ってお願いがあるの。久次を突き返すから、私と一緒になっておくれでないかい?」。久次のために用意していた新しい着物を寅に着せ、「私のお酌で一杯やっておくれ」。実は奥に刺身まで用意してあったとは。そりゃあ、そうだろう。自分の女房を新しい若い女が出来たからと言って、田舎の芸者に売り飛ばそうなんて考える亭主となんか、もう一緒にいられない。それよりも、目の前にいる不器量だが純朴で誠実な寅と夫婦になる方が幸せになれるに違いない。寅の逆転ホームランにカタルシスを感じる高座だった。
上野鈴本演芸場七月上席夜の部八日目に行きました。今席は古今亭文菊師匠が主任を勤め、「夏の文菊 精選十夜」と題したネタ出し興行だ。きょうは「もう半分」だった。
「代脈」桃月庵ぼんぼり/「ぞろぞろ」林家彦三/太神楽曲芸 鏡味仙志郎・仙成/「あくび指南」古今亭志ん丸/「夏泥」柳家勧之助/漫才 ホンキートンク/漫談 鈴々舎馬るこ/「噺家の夢」古今亭菊太楼/中入り/紙切り 林家楽一/「壺算」志ん陽/粋曲 柳家小菊/「もう半分」古今亭文菊
文菊師匠の「もう半分」。欲に目が眩んだ人間の弱さ、愚かさがよく描けている。居酒屋主人は良心の呵責を覚えるが、悪党女房に押され、八百屋の爺さんの五十両について、知らぬ存ぜぬを貫いた。その因果が自分の赤ん坊に報いとなって表れるのだ。
閉店間際に居酒屋を訪れた八百屋の爺さんと主人の会話はお互い年を取って苦労が絶えぬという共通の思いで和やかだ。「天秤が肩に食い込み、よろけることもある」と語る爺さんに主人も「最近はくたびれていけない」と返し、顔馴染み客と店主の良好な関係を見る。前々から気になっていた「どうして、もう半分という注文の仕方をして酒を飲むのか」を訊くと、爺さんは「酒呑みは卑しいもので、半分ずつの方が余計飲んだ心持ちになる」と本音を明かしているところなど、微笑ましいくらいだ。
だが、爺さんが五十両の入った風呂敷包みを忘れたことによって、この二人の関係は冷淡なものになる。いや、居酒屋女房によって冷酷にならざるを得なかった。最初、主人は「爺さんにとって大切なもの。今頃、慌てているだろう。すぐに届けてやろう」とするが、女房が止める。「いいよ。戻ってきたら、『ない』と言えばいい。お前さんは馬鹿正直だ。いつも商いを広げたいと言っているじゃないか。先立つものは金だよ。菜切庖丁の柄みたいに太く短く生きよう。そうしないと、いつまでもうだつが上がらず、貧乏のままだよ。お前さんを見ていると、お人好しで苛々するんだ。私に任せておけばいい」。悪党である。
爺さんは戻ってきて、あの金の出所を話す。元々は一軒の八百屋を営んでいたが、酒でしくじり、棒手振りになった。女房に先立たれ、父親思いの十七になる娘が吉原に身を売って、店を興す資金を拵えてくれた…。
だが、居酒屋女房は容赦ない。ひたすら、しらばくれる。そんなものはなかった。ないものは出せない。どこかに落としたのではないか。爺さんが諦めて帰った後も、娘が女郎になって人を騙すんだ、世の中は人に騙されるより、騙した方がいいと言い放つ。怖い女である。
居酒屋主人は気になって、「湯屋に行く」と言って、千住大橋の袂に行くと、爺さんが川面を覗いた後に欄干に足をかけ、恨めしそうにこちらを睨んで、身投げした。居たたまれない主人は店に戻り、このことを話すと、女房は笑い飛ばす。「いい塩梅だね」。ますます怖い女である。
手に入れた五十両で店を広げ、商売は繁盛したが、神様は許さなかった。女房が出産した男の子は「もう半分の爺さんに瓜二つ」。それを見た女房は気絶し、絶命した。その赤ん坊は夜になるとトコトコと歩き出し、行燈の油皿をペロペロと舐めて、「もう半分」。怪談というよりも、悪事に対する因果応報の恐ろしさを目の当たりにする落語として、文菊師匠が描いたのがとても良かった。

