浪曲定席木馬亭 天中軒月子「田村邸涙の訣別」真山隼人「徂徠豆腐」天中軒雲月「忠僕直助」

木馬亭の日本浪曲組合七月定席五日目に行きました。忠臣蔵特集だ。

「不破数右衛門の芝居見物」玉川き太・玉川さと/「与茂七しぐれ」東家志乃ぶ・伊丹秀勇/「岡野金右衛門 恋の絵図面取り」神田あおい/「田村邸涙の訣別」天中軒月子・沢村さくら/中入り/「徂徠豆腐」真山隼人・沢村さくら/「梶川与惣兵衛」宝井琴星/「御薬献上」花渡家ちとせ・馬越ノリ子/「忠僕直助」天中軒雲月・沢村さくら

志乃ぶさんの「与茂七しぐれ」。病床にある矢頭長七は大石内蔵助の温情によって、息子の与茂七とともに仇討に加わることが許された。だが、仇討に反対する医師の了庵は娘おみねと与茂七との縁談を破棄してしまう。おみねは恋しい与茂七の忠義のために自害。そして、長七も仇討の足手まといになってはいけないと「嫁と一緒に冥途に先に逝って待っている」と自害するという…。余りにも悲しすぎる。

あおい先生の「岡野金右衛門」。討ち入りのために必要な吉良邸絵図面を入手するために金右衛門は大工の平兵衛の娘おつやの恋心を利用するが、やがて金右衛門もおつやに惚れる恋模様が良い。恋する人のためにおつやが平兵衛の部屋から絵図面を盗み出すところを見つけた平兵衛は酒屋の手代に身をやつしている金衛門は赤穂浪士で仇討を計画していることを察し、絵図面持ち出しを許すところが素敵である。

月子先生の「田村邸涙の訣別」。切腹の用意がされた田村邸の庭の桜の木を見て、「散りゆくは我と同じ桜花」という浅野内匠頭の思いが切なく響く。片岡源五右衛門がいるのに気づくと、「余の短気を許せよ」と言い、浅野大学にも奥方にも遺言はないと伝える。ただ一言、「内蔵助に余は無念じゃと伝えよ」。そして、田村右京大夫に対しても、「花にも勝る良い土産が出来た」と感謝する。風誘ふ花よりもなお我はまた春の名残をいかにとやせん。美学である。

隼人さんの「徂徠豆腐」は澤孝子十八番を戴いたもの。火事に遭って焼け出された上総屋七兵衛と再会した荻生徂徠はまさに赤穂四十七士の切腹の沙汰を下したばかりであった。なぜ切腹なのか?と詰問する七兵衛に対し、徂徠はこう答える。「忠義に燃える人々の名を末代まで残すためだ」。なるほど。徂徠は七兵衛に二十両を渡し、「黄金の山より、あのときの二十文ほど尊いものはなかった。何も言わずに受け取ってくれ」。さらにおからを毎日届けてくれた御礼として店を普請してあげた。「商売モノならいずれ返せるが、食い物を恵んでもらうと乞食になる」という徂徠の理屈がここに立ったわけだ。美談である。

雲月先生の「忠僕直助」。岡島八十右衛門に逆暇した下郎の直助が10年ぶりに戻ってきた。大野九郎兵衛が岡島の刀を鈍刀(なまくらがたな)と馬鹿にし、知行泥棒だ、禄盗人だと罵ったときの恥辱をどう晴らすか。直助は自分が刀鍛冶になって無念晴らしをしようと考え、大坂の津田越前守に弟子入りして、10年間修行に励み、今や浪花で評判の刀鍛冶、丸津田助直になって故郷に錦を飾ってきたのだった。そして、岡島に名刀稲荷丸を献上する。

そして、ここからが仇討だ。岡島の腰の刀に目がいった大野九郎兵衛は驚く。「これは丸津田助直の業物ではないか」。これに対し、岡島は「縁故の者から土産として貰った」。大野は自分の倅の差料をお願いしたいと請う。岡島は「では、当人を呼び寄せましょう」。

やって来た丸津田。10年前に辛抱したのは何のためだったか。覚えておれよ、九郎兵衛。心の内は日本晴れ。「倅の差料をお願いしたい」と言う大野に対し、丸津田は千両を要求する。すると、余りの高額に、大野は「天狗になるのも、いいかげんにしろ」。ここぞとばかりに、丸津田は大野の自慢の刀、長谷部長兵衛国重に対し、「この刀は立派に見える。なれど、泰平の御世だから良いが、いざ戦場に出たときは、役に立たぬ…ここに小さな傷がある」とケチをつけ、「知行泥棒、禄盗人」と大野を嘲笑う。

そして、丸津田が長谷部長兵衛国重を碁盤に置き、稲荷丸で叩き斬ろうとしたとき、「しばらく、待たれよ」の声。大石内蔵助だ。内蔵助は丸津田助直を見て、「どこかで見たことがある…岡島の下郎の直助だ」と見抜いたのだ。内蔵助としては10年前の遺恨を晴らしてやりたい、だが万が一失敗したら直助は切腹しなければいけない。そこで、誰か他の者に大野の長谷部を斬る役目を担わせようと考え、武林唯七に命じる。これが真の武士というもの。

果たして、武林が稲荷丸を振り下ろすと大野に長谷部長兵衛国重は真っ二つに折れたという…。雲月先生が途中、相三味線のさくらさんの手が亡くなった豊子師匠によく似ていて、二度ほど涙を禁じえなかったそうだ。素晴らしい渾身の一席だった。