彦いち噺パレード十夜之興 柳家喬太郎「カラダの幇間」桃月庵白酒「舞番号」

上野鈴本演芸場六月上席夜の部七日目に行きました。今席は林家彦いち師匠が主任を勤め、「彦いち噺パレード十夜之興」と題したネタ出し興行。きょうは「つばさ」だった。また、「彦いち噺」を演じる日替りゲスト出演者は柳家喬太郎師匠で「カラダの幇間」だった。

「肉の部位6」林家やま彦/ジャグリング ストレート松浦/「ピーチボーイ」蝶花楼桃花/「妻の旅行」柳家はん治/漫才 風藤松原/「金明竹」隅田川馬石/「カラダの幇間」柳家喬太郎/中入り/ウクレレ漫談 ウクレレえいじ/「託おじさん所」林家きく麿/紙切り 林家楽一/「つばさ」林家彦いち

喬太郎師匠の「カラダの幇間」。SF映画「ミクロの決死圏」にヒントを得た作品で、幇間の一八が御贔屓の社長の娘のサッチャンの体内に入り込み、病巣を探し出して助けようという荒唐無稽な噺だが、なぜか説得力がある。

手術は成功したが、昏睡状態にあるサッチャンを救うには、人間の想念をミクロ化して、体内に注入し、病巣を探るという世界でも成功例の少ない治療法を断行するしかないと院長は言う。一八は最近毎日のようにサッチャンの夢ばかりを見るということを聞いて、一八の想念に体内に入ってもらおうと考えた。鍼医の堀田先生が脳天のツボである百会(ひゃくや)に2本の鍼を打ち、一八(正確には一八の想念)をサッチャンの体内に注入した。

体内に入った一八は心臓、腎臓、肝臓、胃と次々と病巣を探し回るが見つからない。体内には会長、つまりはサッチャンのおじいちゃんがいた。サッチャンを守りたくて、死にきれずにここにいるという。一八も生前はお世話になった間柄だ。だが、体の外側から院長先生の声がした。

そのおじいちゃんこそ、病巣だという。孫娘への思いの強さがかえって体を蝕んでいるのだ。サッチャンを救うには、おじいちゃんを成仏させればいい。だが、会長は「未来永劫、サチコと一緒にいるんだ」と言うことを聞かない。その勝手な思いが孫娘を苦しめているというのに…。

一八は必死に説得する。あなたは生前、女子社員から慕われていた。葬式でも皆が悲しんでくれた。だからこそ、成仏しなきゃいけない。秘書課のミサコさん、庶務課のサユリさん…皆、あなたを慕っていた。こう言うと、会長はちょっと鼻の下を伸ばした。これを見ていた、先立ったばあさんが現れ、「捕まえた!このスケベジジイ!こんなところにいたのか!」。一八はここぞとばかりに、会長をおばあさんと共に体内から押し上げ、追い出した。老夫婦の魂は流れ星となって成仏した。これによってサッチャンは全快した。

そして、一八の想念は「迎え鍼」によって救出され、めでたし、めでたし。一見、荒唐無稽な噺に思えるが、喬太郎師匠が「想念」という概念を挿入したことで、イメージがしやすい一席に仕上がっている。

彦いち師匠の「つばさ」。人間の背中に翼が生えていて、移動はすべて空を飛ぶことが常識になっているという異空間の不思議な世界。彦いち師匠が末広亭で高座を終えて、浅草演芸ホールでの公開収録に向かう途中で、吾妻橋で「時そば」をさらっているときに、世界が入れ替わり、翼のない日常に戻ったとしたら…こんなパラレルワールドの創作である。

翼があって、空を飛ぶことが普通だと思っている彦いち師匠は、浅草演芸ホールで「稲荷町の形の」スタンダードな「時そば」を演じたつもりだった。ところが「そばーうー」と売り声を始めた瞬間に空を飛び出した蕎麦屋の姿を見て、観客は驚き、楽屋袖で見ていた創作落語のカリスマ・三遊亭円丈師匠が絶賛した。「彦いち君!君はあれでいいんだよ!飛べばいい!」。摩訶不思議な噺である。

上野鈴本演芸場六月上席夜の部八日目に行きました。今席は林家彦いち師匠が主任を勤め、「彦いち噺パレード十夜之興」と題したネタ出し興行。きょうは「青畳の女」だった。また、「彦いち噺」を演じる日替りゲスト出演者は桃月庵白酒師匠で「舞番号」だった。

「寿限無」桃月庵ぼんぼり/「評論家」林家きよ彦/奇術 如月琉/「権助提灯」蝶花楼桃花/「ホームランの約束」春風亭百栄/漫才 風藤松原/「親子酒」古今亭文菊/「舞番号」桃月庵白酒/中入り/アコーディオン漫謡 遠峰あこ/「寝かしつけ」林家きく麿/紙切り 林家楽一/「青畳の女」林家彦いち

白酒師匠の「舞番号」。国が国民を番号で管理し、すべての活動を紐づけしようとする世の中に対する反発が反映された傑作だと思う。噺家の高座名までもが番号になり、NHKラジオ「真打競演」の演目紹介が下三桁534で「小言念仏」は小三治だろう!下三桁151で「真夜中の襲名」は彦いちだろう!という皮肉が可笑しい。

主人公の噺家、もみじ亭どんぐりは反発に思いをこめて、自分のマイナンバーカードの登録を抹消してしまう。すると、居酒屋の支払いもカード決済が出来なくて現金払い、自動改札も通れないで切符を購入、帰宅すると電気もガスも止められていた。マイナンバーを消すことは、「死んだ」扱いになるのだった。興味本位でXを覗くと、トピックに「もみじ亭どんぐり死亡」があがっている。

翌日、寄席に行くと、代演が立てられていて、二つ目のどんぐりの代わりに落語協会会長の白鳥師匠が上がることになっている。席亭やお囃子さんに挨拶しても、皆無視をする。これはとんでもないことになった…。民生委員のヤマダという男性が近づいてきて、「お前さん、マイナンバー消したろう?興味本位でこういうことされると困るんだ。一度だけ再発行できる」と言って、あるビルの8階にある事務所を教えてくれる。

だが、どんぐりは再発行できないと言われてしまう。先日の北アルプス涸沢でおこなわれた落語会で「野ざらし」を演じたときに、石舞台から落下したどんぐりは死んでしまったのだという。そして、死亡手続きに必要な43桁の番号を教えられるという…。そこまで番号で管理かよ!情報管理が厳しくなった近未来を預言する不気味な感じが良かった。

彦いち師匠の「青畳の女」。78キロ超級で全日本10連覇、オリンピックの金メダル最有力候補の女子柔道家、キタガワトモエも一人の乙女だという可愛らしさが良い。小学校時代から親しいマサル君が応援に来ていると知って、「鬼のキタガワ」の心がざわついてしまう。いつもは紫のリボンで髪を結ぶのに、ピンクに変え、「78キロ超級」のパネルの7と8の間に「.」をマジックで書いて「7.8キロ級」にしてしまう。恋するトモエが愛しい。

中学生のときにコンビニ強盗を一本背負いでやっつけたという伝説を持つトモエなのに、きょうの試合は終始へっぴり腰。案の定、トモエは優勝どころか、1回戦敗退。マサルのところに行くと、「いつものトモエちゃんと違っていた。弱いんだよ」と言われたトモエは、「私は柔道の申し子。この私に向かって何ていうことを…鬼のキタガワの底力をみせてやる!」。

マサルを片手で持ち上げ、「私のことをおじいちゃんがトモエと名付けた由来を教えてやる!」と叫んで、巴投げ!これを彦いち師匠は座布団をマサルに見立てて、高座で一回転して表現してみせた。あっぱれ!これがマサルとトモエが結婚した馴れ初めとは…。見事な自由演技の高座であった。