真打の日常 立川吉笑「tion」「犬旦那」、そして泉岳寺講談会 神田紅純「伊助の義心」

「真打の日常~立川吉笑独演会」に行きました。「tion」「犬旦那」「桜の男の子」の三席。ゲストは立川笑王丸さんで「芝居の喧嘩」だった。

「tion」。人間の病に効くというツボに着目したのが面白い。くるぶしを押すと冷え性に効き、へその横を押すと消化器系に効くという。なぜか。ゲーム開発者が隠しコマンドを作る遊び心と同じで、神様がそういう人体の仕組みを作っているのだという分析。そこから、足のある部分を押すと鼻毛が雌しべになって受粉し、鼻に花が咲く。そのお陰で花粉症が治ったという発想が吉笑師匠らしい。

さらに発展して、右の耳たぶを持って、左脇の下を押すと「ばあちゃんが元気になる」、右腕の5番目のホクロを押すと「店員が注文を取りに来る」(ただし、すかいらーく系限定)、9番目を押すと「小仏トンネルが渋滞する」等々…。唯一無二な落語である。

「犬旦那」。ある大店の旦那がクロと呼ばれている野良犬を座敷犬として飼ったら、この犬が実に優秀で人手が足りないときに来客にお茶を出す気遣いができた。それをきっかけに旦那はこの犬を奉公人ならぬ奉公犬として雇うようになった…。

仕事ができるだけでなく、可愛げもある。芸をさせた。「お座り」と言うと、座禅を組んだ。「お手」と言うと、大仏の手真似をする。「ハァハァ」と鼻息が荒いなと思ったら、なんと般若心経を唱えていた!旦那は「仏様の生まれ変わり」ではないかと敬うようになり、遂には跡取りにして、大旦那ならぬ犬旦那となったという…。元々は渋谷らくごで三題噺として創作した落語だが、すっかり汎用ネタになっている。そこが吉笑師匠のすごいところだ。

泉岳寺講談会に行きました。

「伊助の義心」神田紅純/「梶川の屏風廻し」宝井琴凌/「片岡源五右衛門」神田紫/中入り/「内匠頭切腹」一龍斎貞心

紅純さんの「伊助の義心」。忠臣義士・前原伊助の銘々伝としては「槍の前原」が有名だが、これはその後の読み物である。あまり演じ手が少ないようだが、紅純さんが気に入って掛けていて、大変興味深い内容になっている。

漁師の原田次郎衛門の息子、次郎吉は幼い頃から槍術に優れ、宝蔵院流の伊達政右衛門の門下に入り、腕を上げる。姫路の榊原様の家来で槍術指南役を勤める下坂十太夫は次郎吉の存在を疎ましく思い、勝負を挑む。だが、十太夫は次郎吉に敗れ、そのことを知った榊原の殿様は十太夫に切腹を命じ、御家は取り潰しとなった。

次郎吉はその後、松皮疱瘡に罹り、右目を失明。江戸に働き口を求めて出ると、浅野家の中間奉公が決まり、10石取り三人扶持、母方の姓を取って前原伊助と名乗った。だが、赤穂事件が起きて、内匠頭は切腹。仇討本懐を望む伊助は品川に町人として潜伏する。御殿山の天王祭りを観に出掛けた際、子どもの乞食の諍いを目にして、仲裁する。幼い姉弟の二人組が、この辺りを縄張りにしている子ども衆に苛められていたのを救ってやったのだ。

伊助が二人に事情を訊くと、姉は小雪、弟は正太郎。父は元200石取りの武家で、名を下坂十太夫と言ったという。父は槍の勝負に負けて切腹をさせられ、家は取り潰された。だから、父の仇を討とうと探しているのだという。伊助は自分がその「仇」だとすぐにわかる。この姉弟を哀れに思い、面倒を見てやるから俺の家に来いと誘い、養うばかりでなく、武芸の稽古の相手をした。正太郎は足に傷を負っていたが、それも療治してやり、全快した。

元禄十五年極月十四日。伊助は「細川様の家来になる。きょう限りだ」と二人に別れを告げる。だが、正太郎は「それは嘘だ。浅野様が切腹し、御家が改易になっても浪人の身でいたのは、仇を討つためだったに違いない。敵を欺く計略でしょう」と伊助に言う。赤穂義士としての伊助を見抜いているのだ。

だが、伊助は笑いながら、それを否定する。「よく言った。感心だ。だが、それは噂にすぎぬ。俺たちが吉良に何ができるのか。ここは心機一転、細川様に仕えて再出発するのだ」。そう言って、二人に十両を渡す。「先生は本当に細川様の許に行くのですか?」「そうだ。お前たちも原田次郎吉に会えるかもしれない。その孝心を知れば、次郎吉は討たれてやろうと思うかもしれない」。達者でな…涙を流して、伊助と小雪、正太郎は別れる。

二人は家の中に戻ると、火鉢の横に書置きを見つける。宛名は小雪殿、正太郎殿となっており、差出人は伊助だ。「私は母方の姓の前原を名乗っているが、前名は原田次郎吉。あなたたちの仇にて候。吉良を討った後には、必ずあなたたちに討たれるつもりだ。それまで待っていてほしい」。仇だったのか…。小雪と正太郎はそこで何を思ったろう。

赤穂義士が仇討本懐を遂げ、元禄十六年二月四日に切腹を命じられた。伊助は毛利甲斐守の屋敷に預けられていた。そのとき、伊助は「介錯は深川相川町に住む下坂正太郎にお願いしたい」と願いを言った。「彼らの心中、ご推察を」という言葉に義心を感じ、正太郎が毛利宅へ呼ばれる。「どうして恩人に刃を向けれられましょう」。正太郎は断腸の思いで、伊助の切腹の介錯役を勤めた。そして、この話が榊原家に伝わり、下坂家は再興を果たす。また、小雪は出家して尼となり、伊助の菩提を弔ったという…。素敵な義士伝だった。