毒婦と悪女 一龍斎貞鏡「天人お駒」古今亭佑輔「鏡」、そして落語教育委員会 柳家喬太郎「ウルトラ仲蔵」

「毒婦と悪女~貞鏡・佑輔二人会」に行きました。一龍斎貞鏡先生が「赤穂義士本伝 吉良邸討ち入り」と「天人お駒」、古今亭佑輔さんが「鏡」だった。開口一番は神田おりびあさんで「わんぱく竹千代」。

貞鏡先生の「天人お駒」。両国回向院の裏手に構える医者、佐藤春岱は妻のお駒、それに女中のお市、薬籠持ちの権八の四人で暮していたが、そのうち春岱以外の三人は元悪党であったというのがすごい。

お駒は権八と不義密通、「春岱を殺して一緒に所帯を持とう」と唆す。お駒は権八の腕の刺青を見逃しておらず、「浅葱の頭巾を脱いでおしまいよ」と言うと、実は武州熊谷無宿の権次だと白状。お駒も自分は何人も男を渡り歩いて人を殺めてきた“天人お駒”という二つ名のある毒婦であると打ち明ける。

春岱が医者の寄合が終わるときに、権八が提灯を持って迎えに行くはずが、「提灯を忘れた」と言って、その帰り道は春岱の手を取って夜道を進む。「大きな穴があるから気をつけてください」と言いながら、春岱を蹴倒し、匕首で突いて殺してしまった。「迷わず成仏してくれよ」と言って、その場を去るも、権八の足を血まみれの春岱が掴んで離さない。それを振りほどき、お駒のところへ駆け込んだ。そのときに、現場に匕首を落としてきたことに気づいた。

権八は夜、布団に入るも、悪い夢を見る。春岱に馬乗りになって首を絞め、「堪忍してくれ。俺は殺すつもりはなかった。お駒に頼まれたんだ…」。うなされて、目が覚める。何日か経つと、お市が「先生のお帰りがないのがおかしい」と言い出す。この家には春岱の怨念がこびりついている。そう思ったお駒は「この家を叩き売って引っ越そう」と考える。

うとうとと居眠りをしている権八を見て、お駒は「こんな臆病な男とは思わなかった。こっちの身まで危なくなる。お前もあの世に逝って、春岱と二人で出てきておくれ」。剃刀を持ち出し、権八の喉元を掻っ切り、あっさりと殺してしまった。さあ、死骸の始末はどうしよう。

そのとき、廊下に人の気配がする。お市が「用がある」と言って入ろうとするが、「片付けものがあるから明日にしておくれ」と拒むと、「片付けものとは権八の死骸でございましょう」。お市は「ネタはあがっているんだ。私は先生を権八が殺すところを見届けた。その証拠がこの匕首だ。言い逃れできないでしょう」。

お市は“茨のお市”と異名を取る悪党だった。お駒に口止め料として百両くれれば、死骸の始末もやると持ち掛ける。「こんな安い取り引きはないと思うがねえ」。お駒はこれを受け入れ、お市に頼む。だが、お市は死骸を葛籠に入れて担いでいるところを常廻り同心に見つかり、お縄になってしまった。その間にお駒は姿をくらました…。悪党が悪党を裏切ったり、悪党と取り引きをしたり。貞鏡先生は毒婦伝がよく似合う。

佑輔さんの「鏡」。ルッキズムが叫ばれる現代であるが、女性の美醜に関わる怨念、妬み、嫉みは今も昔も変わらずに存在するものなのだろう。おゆうというこの噺の主人公の鏡という媒体を通して揺れ動く運命と心情に思いを馳せた。

おゆうは生まれながらにして顔に腫瘍があり、その醜さから父親は暴力をふるい、母親からの愛情も受けることができず、幼くして小間物商の相模屋に奉公に出された。その店では独楽鼠のようによく働き、旦那と女将からも愛され、三年後に実父が亡くなり、実母も行方不明という連絡が入ると、養女として迎え入れてくれた。薬による治療や栄養のある食べ物を与えられたこともあってか、醜いと言われていたおゆうの顔は美しく変貌する。

あるとき、相模屋に汚いなりで泥酔した女が訪ねて来た。おゆうの母だと言う。養母は「おゆうの母は私です」と言って、捨てるように奉公に出し、今さら母親面するなんて都合がいいことは許せないと追い返そうとした。実母は「手切れ金」を要求するので、五両を渡すと、「たった五両か」と吐き、「毎日来るよ。ケチケチするなよ、金持ちのくせに」と脅す。だが、実母は足を滑らせて井戸に落ち、息絶えてしまった。頭から血を流し、満面の笑みを浮かべていたという。

だが、養母はこのことをおゆうには知らせなかった。やがて、おゆうはすくすくと成長し、あちこちから縁談が舞い込む。だが、「折角だが、どの家にも嫁ぐ気はない」とおゆうは言う。「旦那が亡くなって店を畳もうと思っている」と言う養母に、「私、恐いんです。お母さまがいなくては生きていけない」。そこで、養母は鏡を渡し、「これは自分を映すものだ。人に尽くせば、その人は優しくしてくれる」と言って、嫁入りを勧め、おゆうはこれを受け入れた。

嫁入り先の若旦那は「以前からあなたのことは知っている。一生懸命働いている姿を見ていた。うちに来たら、何しなくていい。ただ笑っていればいい」と言ってくれた。夫を持つ幸せを知り、この方を大切にしようと思った。少しでも役に立とうと台所に立つと、女中のおこうが怒った。下男の権助に訊くと、「おこうと若旦那の仲が怪しい」と教えてくれた。

以来、おゆうは些細なことが気になるようになる。食事も喉を通らない。妙な噂について若旦那に切り出した。若旦那は正直に答えてくれた。「親父が死んで悲しんでいるときに慰められたことがあった。それは変えようのない事実だ。だが、今はお前だけだ。信じてくれ」。嬉しかった。

おこうの妬みが募る。あの綺麗な顔が恨めしい。汚したら、どんなに嬉しいか。おこうは悪党だった時代の顔見知りの博奕打の佐平次に五十両を渡し、「若旦那と店を自分ものにしたい。無垢な女と思われているおゆうを汚したら、若旦那がどんな顔をするか、見てみたい」と、おゆうを強姦することを頼む。

奉公人が全員で芝居見物に行った日に、賊が入りおゆうを襲った。おゆうは若旦那に対し、「店の暖簾にかかわる。ご離縁を」と願った。だが、若旦那は「綺麗な顔をして男をたぶらかすお前が悪い」と言って、一切の外出を禁じた。おこうはほくそ笑む。

おゆうは鏡に向かって「お母さま、私は何をしたというのでしょう」と問いかけた。おこうの首を絞め上げる夢を見た。翌朝、権助が「起きなせい。女中のおこうが死んだ」。まるで人間の仕業じゃないみたいだ。この店は呪われている。おゆうは再び、若旦那に「ご離縁を」と願う。だが、若旦那は「ほかに男でもできたのか」と言って、何度もおゆうを殴った。

おゆうは鏡に向かう。「お母さま、私はもう何もできない」。鏡には腫れた顔が映っていた。夢を見る。若旦那の胸を出刃包丁で突く。後ろで権助が腰を抜かして見ている。「違うんだ、夢なんだよ!」「人間じゃない!化け物だ!」。おゆうが鏡を見ると、満面の笑みを浮かべた化け物のような醜い顔が映っていた…。「寝子」に続く佑輔さん自作の怪談…独特の世界観に魅了された。

落語教育委員会に行きました。三遊亭武蔵師匠が「町内の若い衆」、三遊亭兼好師匠が「犬の目」、柳家喬太郎師匠が「ウルトラ仲蔵」。オープニングコントは「トランプ来日編」、開口一番は三遊亭兼作さんで「本膳」だった。

歌武蔵師匠の「町内の若い衆」。金公の女房の描き方が好きだ。鉢巻をして、煙草を吸って、胡坐をかいている。それはまるで牢名主のようという表現がとても良い。暮れの大掃除のときに金公に近所の人が「弟さんかい?」と訊いたという…。「首を傾げているのが、蓄音機の犬みたい」とか、「便所の電球の球でも買って来い」とか、「天井から逆さ吊りって、ゲシュタボか」とか。こういう言い回しは昭和、平成、令和と受け継がれていってほしいなあと思う。

兼好師匠の「犬の目」。コンプライアンス完全アウトなんだけど、これが落語の愉しさなんだと思う。目の調子が悪いと聞いたシャボン先生は、くり抜いて洗って元に戻す、俺は昔はアサリを剝いていたという…。ふやけたから縁側で乾かしていたら、犬に食われてしまった。犬が味を覚えちゃった…グルメ!(笑)。最終的に犬の目ん玉を入れるのだが、表裏逆に入れてしまって、楊枝でひっくり返すという…。俺、アサリを剥く前はタコ焼き屋やっていたから!これぞ、落語である。

喬太郎師匠の「ウルトラ仲蔵」。ウルトラキングに見込まれ、名題下から名題に昇進したウルトラマン仲蔵だが、血筋がないためか、念願の地球防衛の仕事が回ってこない。次の香盤が出たが、R惑星のバルタン星人との対戦。スペシュウム光線と戦い方がわかっている…何か期待に応える良い工夫はないか…。妙見様に七八五十六日の願掛けをするが…。

雨が降って、入ったソーラー屋で出会ったケムール人を見て目が覚める。俺は観られることばかり考えていた…。スペシュウム光線を円形にして、バルタン星人を縦に真っ二つにする新しい技の誕生。R惑星からテレポーテーションで地球に転戦、この活躍がキングの親方を「俺の目に狂いはなかった」と思わせ、「ウルトラ一族の誇り」だと讃える。新しい必殺技は「八つ裂き光輪」(ウルトラスラッシュ)と名付けられ、地球防衛のレギュラーを任せられることに。「お前に二つ名は要らない。仲蔵は返して、初代ウルトラマンを名乗れ」。何度も高座に掛けることで、単なるパロディーではなく、ウルトラマンの出世物語として整合性がとれてきているように思う。