談春塾 立川談春「お若伊之助」

「談春塾」に行きました。「紙入れ」「長屋の花見」「お若伊之助」の三席。令和6年度芸術選奨文部科学大臣受賞式に出席し、何をスピーチしたかをマクラでたっぷり話してくれて、興味深かった。

「紙入れ」。終始びくびくしている小心者の新吉とは対照的な旦那のおかみさんの強かさがすごい。「男と女がこうして会って、やることは一つだろう」と詰め寄るところ。「旦那は脇でお楽しみがある。私だけ楽しみがないのはおかしい」と言うのも理屈だ。それでも拒もうとする新吉に「別れてあげる。でも、その代わりに旦那に洗いざらい喋っちゃうけど、それでいいのか」と脅すのも、このおかみさんは相当なタマだなと思う。非常に説得力がある「紙入れ」だ。

「お若伊之助」。一中節を習いたいというお若に、に組の初五郎の紹介で菅野伊之助という芸人が通いで稽古をつけに日本橋穀町の栄屋まで出向いた。お若はいい女、伊之助はいい男。惚れ合って深い仲になってしまう。身分違いの恋を許さない母親は初五郎に手切れ金30両を渡して、伊之助を出入り止めにした。もう二度と会わないでくれ。それは常識的で賢明な判断だったと思う。だが、お若の立場に立つと、恋しい人を奪われるという残酷なものだったのだろう。伯父の長尾一角の住む根岸に預けられても、お若の心の傷は癒えないというのも判る。

それが、お若のところに毎夜伊之助が通ってきていることに一角は気づいた。逢瀬を重ね、懐妊している。手切れ金でちゃんと切れているはずなのに…。初五郎を呼び出し、伊之助とは「本当に手が切れているのか」を確認する。この部分はそそっかしい初五郎が一角のいる根岸と伊之助が住む両国を二往復半するところが面白いが、重要なのは「伊之助はお若に会いになど行っていない」ということが証明されることだ。

おかしい。一角は初五郎と二人で「見検め」をすることにする。やはり“伊之助”はその晩もやって来た。一角は種子島でその“伊之助”を狙い撃った。すると、庭に植わっている一本桜が幹ごと揺れて、満開だった花は一気に散り、その花びらが“伊之助”の身体を覆った。初五郎に死骸を確かめさせる。それは大きな狸の死骸だった。

お若が伊之助をあまりに恋い慕うばかり、その真っ直ぐな気持ちに焼き餅を妬き、狸がたぶらかしに来たのだった。お若はショックで穀町に籠る。世間ではこの噂が広まる。母親は痩せ細って寝込んだお若を見て、「このまま死んだ方がいいのではないか。あまりに可哀想だ」と言うようになる。

このことを知った伊之助は「お若とどうしても会いたい。そして、一緒になりたい。栄屋でも認めてくれるのではないか」と初五郎に進言する。母親も認め、伊之助はお若の手を握った。お若は泣き出した。「狸のおかげで一緒になれた」。お若は元気になり、お腹の狸の双子を産んだが死産だった。

一角が撃った親狸と双子の子狸の死骸を、庭にあった一本桜を抜いて、そこに埋めた。それが因果塚の由来だ…。そう言って、談春師匠は噺を終えた。狸のおかげでお若と伊之助は夫婦となることができ、その後も幸せに暮らしたという解釈はハッピーエンドでとても良いと思った。