桃月庵白酒独演会「火焔太鼓」
本多劇場の桃月庵白酒独演会に行きました。「浮世床~本」「禁酒番屋」「火焔太鼓」の三席。開口一番は桃月庵白浪さんで「猫と金魚」、食いつきは桃月庵こはくさんで「初天神」だった。
「火焔太鼓」。お人好しでのんびり、ぼんやりしている甚兵衛さんと、冷静沈着で、しっかり者の女房の組み合わせが良い。お前さんは商売が下手で馬鹿なんだから、俺は馬鹿なんだと思って商売をしなきゃいけない、馬鹿が通りますと言いながら歩かなきゃいけない、と甚兵衛さんに強い口調で言い聞かせるが、それを素直に受け入れ、「もう少しで洗脳されるところだった」と言いながらも、甚兵衛さんは女房のことが好きで堪らない。だから、夫婦仲が上手くいくのだなあ。
甚兵衛さんが兎に角、可愛い。「俺は掘り出し物という言葉に弱いんだ」と正直に言って、女房に「道具屋として致命的」と罵られるけれど、なんかんだで道具屋を経営できているのは、勿論女房がしっかりしているからなのだが、その女房も甚兵衛さんを可愛いと思っている節があるのが良い。定吉が「のべつ喧嘩している」と言っているが、お互いの信頼関係がある上での喧嘩だから、心配ないし、上手くいく。
太鼓をお屋敷に売りに行くときも、「そんな汚い太鼓、持って行っただけで松の木に吊るされて、百叩きに遭うよ!正直に一分で仕入れたので、一分で結構です。儲けは要らないと言いなさい」と、半ば冗談で亭主を怯えさせて、的確なアドバイスする女房は本当に冷静な判断の出来るしっかり者だ。
だから、甚兵衛さんはお屋敷で太鼓を取り出したときも逃げ腰で、「大層、時代が付いておるな」と言われると、「そうなんです。もっと言うと、これは太鼓じゃなくて時代そのものじゃないかという…」と答えるのが、チャーミングだ。
それが予想に反して殿様がお気に召してお買い上げになると聞いて、「ウルルルル…」とパニックになる。「キタキツネを呼ぶな!」と三太夫に言われ、「いくらなら手放す?」という問いに、「イクラ、ナメロウ、手羽先?」と混乱の極み。「手一杯に申してみよ」に、両手を大きく広げ、「10万両?」…「雲龍型?いや、不知火型」と訳が分からない。
値が300両に決まって、「しかと確かめよ」に、「鹿と戯れよ?」。甚兵衛さんの興奮のボルテージがマックスに達し、50両包みを一つずつ渡されるたびに、歓喜の奇声をあげて、250両のときには水を一杯飲ませてもらい、落ち着く始末。なぜ、このような値がつくのか?三太夫が「世に二つという名器だそうだ」と言って「お前も知らなかったのか?」と問われ、「知っていました!」と答える愛嬌が甚兵衛さんにはある。
甚兵衛さんが帰宅して、女房に「売れなかったろう?」と訊かれると、「売れたんだ!」。女房は「分かりやすい嘘をついて、可愛いね」。「300両で売れたんだ!」に、「おまんまは食べさせてあげるから、嘘をつかなくていいよ」と女房は信じない。ここから夫婦の立場が逆転するのが面白い。お屋敷と同じく、甚兵衛さんが50両包みを1つずつ出すたびに、女房が吠えるのが可笑しい。水は亭主より早い200両のときに飲む。極めつけは、「大好き!」と叫んで、抱きついたと思ったら、甚兵衛さんじゃなくて定吉だったという…。
普段は女房が上に立って店を仕切るが、肝心なところは亭主である甚兵衛さんが上に立つ。だからこそ、夫婦仲良く、商売も上手くいく。この絶妙な組み合わせこそ、この「火焔太鼓」の真骨頂だろう。