【現代の肖像】講談師 七代目 一龍斎貞鏡
「AERA」12月4日号の「現代の肖像 講談師 七代目一龍斎貞鏡」を読みました。
貞鏡先生の講談の魅力を一文字で表すなら、「凛」だと思う。女性講談師にこういう言い方は適当でないかもしれないが、「男らしいカッコよさ」がある。背筋をピン!と伸ばして、硬い読み物を美しい日本語でピシッと聴かせる魅力がある。
そこには、大学生のときに父である八代目貞山先生の生の高座に初めて触れて、「講談師になりたい!」と言ったときに、これまで一切弟子を取らなかった父親が相当な覚悟をもって受け入れたことが背景にあるのだということを、このルポルタージュを読んで知った。
まるで古武士のような佇まいで風格のある古典講談を読む八代目貞山先生は常々「講釈は女性がやるもんじゃない」と口癖のように言っていたという。それが娘の講談師志望を聞いて、親子の愛情であろう、1年半かけて娘を講談師にする決意を固めた。人間国宝だった一龍斎貞水先生の許を父娘で訪ね、娘を弟子に取ることを願い出た。
父が覚悟を決めたからには、娘にはそれ以上の覚悟をしてもらわないといけない。その指導は厳しかったという。前座仕事でつらいことがあり、涙を流してしまった貞鏡に対し、帰宅後に貞山は怒鳴った。「ふざけるな!女をだすんじゃねえ!」。女であることの甘えを見せないために、男の弟子以上の厳しさを求めたことは、現在の貞鏡先生の先輩後輩に対する折り目正しさにも顕われているのではないか。
そして、貞鏡に「修羅場」を徹底的に叩きこんだ。軍記ものの勇壮な場面を声高らかにリズミカルに独特の調子で読む講談の基本だ。その後も軍記ものを中心に講談師の骨格を作るべく、基本を激しく叩きこむ。「もっと声を低く読め」「腹から声を出して響くように」。腹式呼吸を徹底的に仕込んだ。
人一倍、講談への強い美意識を持っていた貞山先生は、きっとその美学を娘にしっかりと継承したいという強い覚悟をもって指導してきたのだろう。これが今日の貞鏡先生の底力を形成することになったのだから、素晴らしい教育方針だったと思う。
その師匠であり父親である貞山先生が、2年前の5月に急逝してしまう。娘・貞鏡の2023年の真打昇進が内定した直後のことである。貞鏡は大きなショックを受けた。「死ぬほどつらいことでした。まったく気力が湧きませんでした」と語っている。鬱々としたまま眠れぬ日々が続いたという。そして、5カ月後。ようやく立ち上がった。
女性だからこそ徹底的に身体に叩き込めと教えられた「修羅場勉強会」、師匠の得意だった演目「八代目貞山に挑む」、そして一龍斎のお家芸「赤穂義士伝」の三つの勉強会を立ち上げた。師匠となることで初めて出会えた父の背中、自分が芸を継承する貞山の背中を、ひとり力強く追い求めて歩き始めた。
11月から始まった「七代目一龍斎貞鏡真打昇進披露興行」に二度行った。この後も今月23日のお江戸日本橋亭、27日の日本橋公会堂の披露目に行く予定だ。貞山先生逝去後、貞鏡を預かった一龍斎の筆頭、貞花先生は披露目の口上で言った。「お父様の三回忌に真打昇進となりました。では、十三回忌に九代目貞山襲名でいかがでしょうか!」。客席からは大きな拍手が沸いた。
将来の貞鏡先生への期待は大きい。今や講談界のスターとなった神田伯山先生とともに、講談界を大いに盛り上げる人気と実力を兼ね備えている。益々、芸道に精進し、魅力的な高座を聴かせてくれることを楽しみにしている。